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連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第9号(2007年2月)
 
 

1. 真冬のケンブリッジより
2. 栗原後悔日誌@Harvard
3. グローバル時代の「知識戦略」
2つの「かのように」
「知識」と「ヒト」
グローバル時代の「知行合一」
4. 編集後記


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1. 真冬のケンブリッジより

 合計1ヵ月半にもわたる一時帰国及びイスラエル出張を終え、ケンブリッジに到着したのが、1月14日の午後11時でした。驚いたことに真冬のケンブリッジに雪がまったくありません!! こうして、例年になく雪の無い厳寒のケンブリッジから、高い「志」を抱く若人の皆様へのメッセージをお送り致します。

2. 栗原後悔日誌@Harvard


 お正月を4年ぶりに日本で迎えた私は、1月2日、年始の挨拶のために妻の実家を訪れました。茶道(表千家)の教授である義母に勧められて、私は今回初めて「正客(ショウキャク)」という大切な役割を仰せつかりました。ご存知の方も多いと思いますが、「正客」が、@挨拶のタイミング等の作法と所作、A時と場所にふさわしい会話、そしてB道具、禅、歴史や芸術等に関する知識をわきまえていないと、茶席はお粗末なものになります。親切な義母の指導に従いながらも、私はぎこちなく振る舞い、「ぐい飲み」こそしなかったものの、皆様にご披露する訳にはいかないような不調法な茶席の張本人になり、家族だけの茶席であった幸運にホッとした次第です。伝統的な日本を多少なりとも心得ている「かのように」自惚れていた私は、こうして正月早々恥かしい思いを致しました。

 時間を遡って昨年末、招待を受けて私は初めてイスラエルを訪れました。この招待話は、元東京大学教授で現在丸の内ブランドフォーラム代表の片平秀貴氏とのご縁から頂き、それは丁度イスラエル・レバノン紛争が勃発する直前の6月末でした。紛争勃発後の7月18日、イスラエル行きの返事を私が出した理由は、@「生きているうちに世界中の素敵な場所を訪れたい」という生来の好奇心と、A戦慄する「9/11」の時でさえ親切な人々に恵まれて米国から無事帰国した経験から「憎まれっ子世にはばかる」を私が自認しているからでした。とは言え、マスコミが描き出す中近東情勢は、ニューズ・ヴァリューを勘案した結果、当然のこととして「戦塵に包まれる街の光景と苦悩する人々の姿」ばかりです。従って、楽観主義者の私ですら、「もしも…」と不安がよぎったことは何度もありました。22日早朝、到着したイスラエルのホテルは、あに図らんや、眼前に地中海が広がり、浜辺でサーフィンを、また屋外プールで水泳をする人々がいる平和な景色のなかに在りました。そして私は地中海を眺めつつ、断片的情報と不完全な知識に基づいてイスラエルの国情を理解した「かのように」思い込んでいた自らに恥じ入っておりました。勿論、同国には危険な地域は存在します。しかし、知識の不完全性故にあたかも「国全体」が危険である「かのように」思っていた自分自身に対して、私は改めて疑いの目を向けておりました。

 こうして2つの「かのように」に関わる失態を体験した私は、今、1912(明治45)年1月に森鴎外が『中央公論』誌に発表した短編小説『かのように』を思い出しています。既に読まれた方も多いと思いますが、鴎外はこの小説の中で、学問はあたかも触れたり見えたりする「かのように」思えるものを「確かなもの」として捉え、頭の中で考えることにより進歩してゆくのだと語っています。私は、ドイツの哲学者ハンス・ファィヒンガーが1911年に著した『「かのように」の哲学(Die Philosophie des als ob. System der theoretischen, praktischen und religiösen Fiktionem der Menschheit auf Grund eines idealistichen Positivismus. Mit einem Anhang über Kant und Nietzsche)』を、翌年の1月には自らの小説の中で言及するという鴎外の海外情報収集能力に驚嘆すると同時に、今、本学のワイドナー図書館とアンドーヴァー神学部図書館に所蔵される初版本の分厚いDie Philosophie des als obを借りたい衝動に駆られています。

 

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
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