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連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第8号(2007年1月)
 

 

■ 目次 ■

 

知識社会におけるアジアの中の日本


 このように考えますと、アジアを中心として私達日本がアジアの平和と繁栄に関して、「指導的立場」を採るにしても、@如何なる「ヴィジョン」をもち、A如何なる「ルール」で推進してゆくのか、またそれらを、B(相手に理解可能な形で)如何なる「コミュニケーション・モード」を用いて伝達し、そしてC如何なる形で相手からのフィードバックを受け取り、D如何にそれを反映させるのか、という点を真剣に考えなくては、折角の「日本はアジアに対して先導的役割を果たす」という善意・責任感から湧き出た日本の意図も、相手からは有り難いと評価されず、逆に反発を招きかねません。換言しますとこれは国際社会における日本のリーダーシップを如何に考えるかという問題に突き当たると思います。

 リーダーシップに関し、2ヵ月前の10月末、ジョセフ・ナイ本校教授が発表した論文“Soft Power, Hard Power and Leadership”を巡り、久しぶりに二人で静かにお話をする機会に恵まれました。同教授提唱の“soft power”に関しては、小誌を通じ、頻繁に紹介しておりますので、ご関心の有る方はそれを読んで下さい。ナイ教授は、スタンフォード大学のロドリック・クレィマー教授からの批判、すなわち、『ハーバード・ビジネス・レヴュー(HBR)』昨年2月号に掲載された論文の中で指摘した“soft power”に関する批判を真摯に受け止め、上記論文を書かれました。クレィマー教授はリーダーシップを、“soft power”か“hard power”かといった極端に単純な二元論で議論する危険性について指摘されましたが、それに応える形で、“soft/hard power”概念の洗練をナイ教授はされています。22ページの論文の中から、日本がアジアで発揮すべきリーダーシップを考えるために重要と私が判断した点をまとめますと次のようになります。

@リーダーは、(a)環境と目的、(b)リーダーシップのスタイル、(c)フォロアー達の資質によってリーダーシップの影響力が大きく変化することを理解すべきである。
A従って、この3つの条件を勘案しつつ、リーダーは(a)“soft power”、(b)“hard power”、(c)“smart power”を認識する必要がある。
B“soft power”は、相手やフォロアーを魅了することによって自らの意思を相手に容認させる「力」であり、その「力の源泉」は、(i)政治的ヴィジョンを描ける能力、(ii)コミュニケーション能力、(iii)カリスマ性を生み出す能力と自己の感情をコントロールする能力の3つである。
C“hard power”は、相手やフォロアーに自らの意思を強制的に容認させる「力」であり、その「力の源泉」は、(i)資源の配分や成果分配を効率に実現する組織を編成・管理する能力、また外部組織との戦略的な提携関係構築能力、(ii)相手やフォロアーと硬軟取り混ぜ交渉する能力の2つである。
D“smart power”は、3つの“power”の中で最も重要かつ概念上一段高い「力の源泉」であり、それは、(i)的確に環境を判断する能力、(ii)「運」に頼るのではなく、むしろ「運」を呼び寄せる能力、(iii)特定の環境下で、“soft”、“hard”を巧みに混ぜ、また使い分ける能力の3つから構成されている。

 これを、日本の果たすべきリーダーシップになぞらえつつ再整理しますと、日本は、@的確に国際環境を把握してパートナーやフォロアーである米国や近隣諸国に対して「如何なる日本のリーダーシップが有効か」を正確に認識し、同時に如何なる「手段」を使って自らの指導力を行使するかを判断し(“smart power”)、A明確なヴィジョンを描き、双方向の円滑なコミュニケーションをパートナーやフォロアーと行い、感情的な議論を極力抑えて合理的・戦略的対応を行い(“soft power”)、B国内制度改革と個々の組織改革を果断に行うと共に、同盟国米国をはじめ中韓等の近隣諸国や他の先進国と積極的な協力体制を形作り、柔軟な姿勢で対応する(“hard power”)ことが重要となる訳です。余談ですが、ナイ教授の上記論文の冒頭にある『老子』の引用に触れ、私は、「先生、冒頭に、『老子』「淳風第17章」(太上は下之有るを知る。其の次は親しみて之を誉む…(その意味は、最も望ましいリーダーは、フォロアーにリーダーの存在感だけを抱かせる人であり、次に望ましいのは、リーダー自身に対してフォロアーが親近感・敬意を抱く人である…))を引用されていることに私は大変興味深く感じます」と申し上げました。同時に、同論文に関係する『老子』の部分、例えば、第18章や第61章の話をすると教授は目を輝かせながら喜んで下さいました。ナイ教授のような立派な方は、東西の文献を広く、また深く読まれているものだと感心すると共に、お正月明けにまたお目にかかることを私は楽しみにしております。

 さて、高い「志」と才能が溢れる若人の皆様、日本のリーダーシップは、皆様の将来のご努力無しでは決して世界から評価を受けることはありません。この意味で皆様のご活躍に期待し、同時に私も皆様が「知的武者修行」をしている間、「つなぎ役」として微力ながら努力してゆくつもりでいます。冒頭でご紹介した専門誌(JWE)の創刊を軽快なタッチで紹介した『エコノミスト』誌の表紙はキム・ジョンイル氏の大きな写真で“Who can stop him now?”でした。折角、仏国立農業研究所(INRA)の専門家によるボルドーやブルゴーニュのワインに関するブラインド・ティスティング結果について読もうとこの雑誌を手にした途端、厳しい現実に引き戻された重苦しい気持ちになりました。確かにアジア・太平洋地域は、核化と動乱直前の危機に瀕した朝鮮半島、不透明性の中の台湾海峡、悪化する自然環境の中で高成長を続ける中国、そして世界中を包み込んでいるテロとの戦いといった難問を抱えています。私達は刻々と事態が変化するこうした難しい問題を正確に把握し、日本の立場を明確にし、国際的協力体制を構築して対応していかなくてはなりません。しかし、事態は重大ではありますが、若人の皆様、決して悲観しないで下さい。早稲田大学の木下俊彦教授は、『日本経団連タイムス』(昨年8月10日号)に掲載された「『21世紀のアジアと日本』: 共生は困難だが前進しかない」の中で、日本企業が、「異文化経営を前提としながら、人材確保とネットワークづくりに努めるべき」と示唆的なメッセージを述べられています。木下先生に代表されるような、「アジアの中の日本」という難しい課題を、双方向の知的対話と具体的な行動を伴った形で尽力されている日本の先輩方は少なくありません。こうした先輩諸氏のご努力を直接見ているからこそ、「悲観的なほど慎重に準備し、楽観的に行動する人間(cautious optimist)」を自認する私も肩肘張らずに自らの責任を自覚すると共に、「志」の高い若い皆様に期待しております。

 一時も視線を逸らすことのできない朝鮮半島情勢に関しては、日本が誇るジャーナリストである船橋洋一氏による『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』を、11月に一時帰国した際、ジェトロ(日本貿易振興機構)の塚本弘副理事長から薦めて頂きました。私は早速読み、公表されているだけでも日米中韓露に加え北朝鮮を含む8ヵ国の多数の政府高官からなる広範な情報ソースと、一方的判断を避けるために対立的な見解も取り込み、しかも独自の視点を貫く著者の姿勢と軽快な描写に感銘を受けた次第です。同書が近々英訳されると聞き、洞察力と説得力の持つこの日本発の見解が世界に発信されることを私自身大変喜んでいます。小誌昨年9月号で触れた「北東アジアのバランサー(※※※※※※/Balancer in Northeast Asia)」論について、著者は「韓国の安全保障のジレンマに対する確かな回答を与えるより、それに対する多くの疑問を投げかけることになった」とし、「韓国が置かれた新たな地政学的重圧感から逃れようとした心理的投影ではあっても、それに対抗する戦略的概念としては根付かなかった。そもそもはじめから、地政学的なリアリズムが欠如していた」と厳しい判断をしています。また一昨年、6ヵ国協議が9月19日に共同宣言を採択して閉会した直後、当時は韓国外交通商相であったバン・ギムン(潘基文/※※※)国連事務局長が、9月21日に母校である本校を訪れたことをThe Cambridge Gazetteの2005年11月号で触れました。著者は共同宣言の軽水炉(Light Water Reactor (LWR)/※※※/輕水※/※※※)に関する記述で、英文では合意事項に従って明確な意図から単数・複数の峻別と不定冠詞・定冠詞の峻別がなされているのに対し、言語上の違いから日中韓の言語ではそれが明確に読み取れないという言語の特徴による微妙な差が生まれることについて指摘し、私自身深く頷いた次第です。このほかにも@李白や陸遊の漢詩を引用して複雑な外交情勢の持つ意味を表現する教養溢れる中国外交官、A米国の諜報活動における様々なバイアス、B言葉の持つ意味と受け取り方が、各国・各人によって微妙に違うこと、C「桂=タフト協定」が朝鮮民族にとって今尚拭いきれない民族的トラウマとなっていること等が紹介されており、700ページを超す記述もアッと言う間に読んでしまう魅力ある本です。「志」と才能に溢れ、またジャーナリズムや国際関係論にご関心の方は、世界に向けて発信できる船橋氏から多くを学んで頂きたいと思います。

 21世紀初頭におけるアジアの中の日本に私自身が望むことは、船橋氏のような双方向で知的対話ができる方を日本が数多く輩出して、アジアに、そして世界に対して知的影響力を与えるだけの国際感覚溢れる日本の知識階層、換言すればクリティカル・マスに達した一群の「知的サムライ集団」が形成されることであります。その「知的サムライ集団」のなかでは、たとえ日本人同士だからといって意見が対立しているとしても「志」が高いが故に互いに尊敬している限り問題はありません。むしろ複数の見解を世界に対して日本から発信し、「一面的・単眼的」ではなく、「多面的・複眼的」な日本の考え方を、アジアを含む世界に理解して頂くことです。すなわち、日本の見解を立体的な形で評価してもらうことが、日本のリーダーシップにとって最も重要と考えております。前述の木下先生は、「日本経済は回復したが、アジア地域でのプレゼンスは低い。アジアの人々は経済回復を歓迎してはいるが、その原動力となったハイブリッド型の日本の経営モデルは理解されていない」と述べられています。私自身も、ハーバード大学での日本の「知的プレゼンス」の希薄さを毎日肌で感じています。かといって、私がここで興奮気味に、また空しく独り善がりな形で「日本は凄いんだぞ!」と叫んでみても無意味なことは明白です。今は、時の到来を信じ、また同志の数の増加を信じて、微力ながら努力を毎日続けるしかありません。

※はこのサイトでは表示されない文字です。PDFファイルには表示されています。

 

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
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