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連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第2号(2006年7月)
 
 
今月号の目次

1.静寂に包まれるハーバードより
2. 栗原航海日誌@ Harvard
3.日米関係―国際関係の礎
米国が持つ魅力
米国が抱える課題
継続的・双方向の日米対話を目指して
4. 編集後記

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1.静寂に包まれるハーバードより

 夏休みに入り、ハーバード大学には多くの観光客が訪れてキャンパス内は賑やかになっています。しかしその一方で、図書館や研究室はいつもより静寂に包まれ、私にとっては大変過ごしやすい毎日が続いています。こう したなか、休みを利用して重要な文献を再読したり、新たな研究計画のための文献を山積みにして図書館で黙々と読む研究者、コーヒーショップや芝生の上で議論を低い声ながら熱心に戦わせている人々を見かけます。彼等は新学期に向けた準備に余念がありません。 こうした、チョッとピーンと張り詰めたような雰囲気のなか、「グローバル時代における知的武者修行」を目指す若い方々を対象としたニューズレター第2号をお届け致します。

2.栗原後悔日誌@Havard

 米国独立記念日の7月4日、スペースシャトル打ち上げで喜ぶ米国に居た私にも、北朝鮮ミサイル発射のニュースが届きました。実験とはいえ、北朝鮮はミサイルを我が日本に向けて発射したのです。一般に、国際関係を 考える上で重要なことは、@国家間の力関係とA個々の国の「意思」と「力」です。北朝 鮮の最高指導者キム・ジョンイル氏は、何時でも日本を攻撃可能という「意思」を日本を含 めた世界に向けて表明しました。こうして、北朝鮮のミサイルが再び飛来するかも知れな い状況の下、現状を良しとするか、それとも現状を打破する道を見つけだすか、私達は二 者択一を迫られていると言っても過言ではありません。1995年2月、クリントン政権で米 国の世界戦略を考えていたジョセフ・ナイ国防次官補は、“United States Security Strategy for the East Asia-Pacific Region”という表題の報告書(所謂“Nye Report”或いは“Nye Intiative”)を発表します。以来、その報告書の冒頭の言葉を、ナイ次官補は講演等で繰り返し仰いました。すなわち、「安全保障とは酸素みたいなモノです。…もし、酸素が失われ始めたなら、 あなたがたの優先事項は突然の様に変ってゆ くことでしよう(Security is 1ike oxygen....If you began to 1ose your oxygen or security,your priorities wou1d change ioediate1y.)」、と。

 気付く気付かないということを問わず、今まさに日常生活において私達の優先事項は変りつつあります。ナイ本校教授同様、クリントン政権下で国防次官補を務めたアシュトン・カーター本校教授と同教授の元上司でス タンフォード大学のフーヴァー研究所シニア・フェローであるウィリアム・ペリー元国防長官は、6月22日付『ワシントン・ポスト』紙に、小論「必要と有らば攻撃し破壊せよ: 北朝鮮のミサイル発射実験を許してはならない(If Necessary,Strike and Destroy:North Korea Cannot Be Allowed to Test This Missile)」を発表しました。私はその記事を読んで事態の切迫性を感じ、それ故に覚悟はしていたものの、実際に発射実験が行われたと知った時は、残念でたまりませんでした。若人の皆さんにはお気の毒ですが、世の中は一段と物騒になってゆくような気が致します。従って、単純に自らのビジネスだけ、或いは自らの専門分野に関する研究だけを行っていれば良いという 時代は終焉を迎えつつあります。私自身、冷戦の最終段階を迎えていた米国第2期レーガ ン政権時代、そして全世界的な意味で冷戦終了と呼ばれる1989年、駆け出しの調査研究者として、次第に変りゆく世界政治経済の「空気」を薄々ながら感じておりました。当時は米ソ両国が冷戦の最終段階にある一方、自由主義圏内で日本が自らの経済力を背景に米国に対して挑戦する程の勢いが感じられた時代でした。しかも軍事・民生共に利用可能な「両用技術(dual-use technology)」の分野で、日本が極めて高い技術力を蓄えてきましたから、米国としては、同盟国とはいえ日本に対して不安を感じない訳がありません。

 こうしたなか、1986年の富士通による米国半導体製造会社のフェアチャイルド社買収事件、1987年の東芝機械ココム違反事件、1988年の自衛隊次期支援戦闘機(FSX)の日米共同開発問題、更には1990年代に入ってのHDTVの国際的技術規格統一問題等、私は極めて複雑な問題、すなわち、経済間題とも技術問題とも政治問題とも、そして軍事問題ともとれるような問題に携わることとなった訳です。 勿論、駆け出しの調査研究者ですから、調査作業自体はそう高度なものではありませんでした。しかし、そうした時期に、大統領府(Executive Branch)に設置されている国家安全保障会議(National Security Council(NSC))で第1期レーガン政権時にサミット担当上級スタッフであったヘンリー・ナウ氏や、今では版を重ねて基本文献となった米国対内直接投資に関する著書(Foreign Direct Investment in the United States)をポール・クルーグマン教授と共に著したエドワード・グラアム氏等と親しくさせて頂く機会に恵まれました。こうして幸運な私は今では彼等と気楽に食事に出かけ、また温泉旅行やドライブに行く仲になりました。しかし、当時は彼等に知的戦いを挑む際、私が手にした武器は正しく創刊号でお伝えした「微笑みとジョーク」しかありません。そうしたなかでも、彼等からは優れた人々を紹介して頂き、そして考えも及ばなかった彼等の視点を私なりに学んできました。 そして今、如何なる分野に従事する身であっても、私達は現在の複雑な世界政治経済に関して基礎的だが正確な知識を身に付ける必要性があると私は信じています。ひとりの世界市民として海外の良識ある人々と意見交換するためにも、またひとりの日本国民として、冷静に国際情勢を見極めて国益を最大限にしてくれる政治家を選出するためにも、基礎的だが正確な知識を身に付ける必要に私達は迫られています。こうした考えに基づき、小誌第2号は、「グローバル時代における知的武者修行」の上で必要な基礎知識とそれを常に研き上げてゆく私なりの方法をお伝えしたいと思います。創刊号では「微笑みとジョークを忘れずに」というテーマで私の考えをお伝えしました。小誌では、これら基礎的な「知識」と「心構え」、この二つを交互にお伝えしてゆきたいと思います。

 

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政学大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
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