■第5回、「最終回:レオン・ポリアコフの〈間接的〉な思い出に捧げる」を公開しました。ぜひご覧ください。

かんるしえるばえるうる ぺえずこまんくうう゛ぇるくる
しゅうるれすぷりじぇみさん あんぷろわおろんざんにゅい
(低く重い空が、蓋のように、
長い倦怠の餌食となって 呻く精神にのしかかる時)
シャルル・ボードレール「倦怠」、『悪の華』所収
13世紀のフランス中東部、ユダヤ教賢者ラシの名声に結びつけられたトロワの町に、おそらくかなりの確度をもって「捏造」といって間違いない「儀式殺人」事件が発生し、何人ものユダヤ教徒が、キリスト教への改宗を拒み、焚刑場へと引き立てられていった。その時の様子を〈ヘブライ文字表記のフランス語〉で克明に描き出す、歴史的価値のきわめて高い一篇の詩を、今回、『フランス・ユダヤの歴史』第4章「美しき殉教」で紹介しながら、私は、「この事態は、たとえていうなら・・・」と、かつてフランス文学を学び始めた頃に暗唱した上のボードレールの詩の一節を、手元のメモ用紙に平仮名で書きつけてみたくなったのだった。
日本語=フランス語の関係を逆転させて考えてみてもよい。
Natsu kusa ya / Tsuwamono domo ga / Yume no ato
≪ Herbes de l'été. / Des valeureux guerriers, / La trace d'un songe. ≫
Matsuo Basho, La Sente etroite du Bout-du-Monde
いずれにせよ、集団Aと集団Bがあり、それぞれの固有語a語、b語があった時、a語でしか本を読めないA人、b語でしか文を書けないB人よりも、b語でもものを言えるA人、a語でも話を聞き取れるB人の方が、なんらかの水準において「勝っている」のではないか、と述べた、その確信は今も変わらない。私は、ボードレールの詩をフランス語で「しか」読めない人よりも、何種類もある日本語訳「でも」その鬱屈感を比較できる自分の方が豊かだ、と内心思っているし、芭蕉の句を日本語で「しか」味わえない人より、フランス語「でも」、17世紀、平泉の夏草の香りを嗅覚に再現できる人の方が、より繊細な人だと思う。11世紀末、「十字軍」の号令の本拠となったクレルモン=フェランの町の名を、「クレール・モン(明るい山)」をことさら反転させてヘブライ語に訳した「ハル・アフェル(暗い山)」と呼び習わしたユダヤ教徒たちの方が(第3章)、精神のレベルで明らかに「勝ち」を印づけていたと思うのだ。
本当に、武力や経済力ではなく、操れる言語の数をもって人間集団のあいだの「勝ち負け」が判ぜられるような世界になったら、どんなに平和なことだろうと思う。
『フランス・ユダヤの歴史』を書き繋ぎながら、近代以前、フランス領内の居住許可地域や南東部の教皇領に住まうユダヤ教徒たちが保ち続けた多言語主義には、目を瞠らされる一方であった。11~15世紀、南仏の「プロヴィンツィア」で、ヘブライ語、ラテン語、アラビア語、カスティーリャ語、プロヴァンス語などを自由に操りながら、文化、文明の十字路の役割を果たしたユダヤ教徒の碩学たちは言うに及ばない(第5章)。19世紀初頭、イスラエル・ベダリードなる人物は、南東部「教皇のユダヤ教徒」の消えゆく混成語「シュアディト語」を全篇つうじて蘇らせた喜劇『ハルカノートとバルカノート』を著したし(第6章)、1627年、ルーアンで印刷されたジョアン・ピント・デルガードの『エステル王妃の詩文』は、その後、スペイン語表現ユダヤ教文学の代表作の一つに数えられることとなった(第8章)。18世紀、フランス王室専属のスペイン語・ポルトガル語通訳に任命されたジャコブ・ロドリゲス=ペレールは、ブーガンヴィルが連れ帰ったタヒチ人の少年を活用して世界初のタヒチ語辞典を作り、さらに『ヨーロッパの主要13語に関する考察』と題する比較言語学の大作をも未完のまま残している(第8章)。また、古くから東部のユダヤ教徒たちにより「ユダヤ=アルザス語」で語り継がれてきた400余りの滑稽譚「モシャリシュ」が、フランス本国でもいまだ十分な研究対象にされていない事実は大きな驚きでもあった(第9章)。これらの資料、作品を実のところ一行も読めないまま、「さも読んできたかのごとく」解説文を書いてしまったことに、今、私は忸怩たる思い、いや、疚しい気持ちさえ感じている。
世界史の発掘と新しい理解のためには、英語以外に一つ異言語を学んだくらいでは、おそらく到底間に合わない。幸いにして、いまだ「文学」の名を看板から下ろさずに頑張っている日本の大学の学部・学科では、英語以外の現代語(フランス語、標準中国語など)のほかに、もう一つ、あえて死語ないし消滅危機言語を選択必修にしてはいかがだろう。少なくとも、中世、近世のフランス周縁部をたくましく生き抜いたユダヤ教徒たちからは、全面的な賛同の声が聞こえてきそうである。
(菅野 賢治)
▼追放、居住許可、移民、難民・・・絶えざる人の流れに彩られた「フランス・ユダヤ」の道程を語り下ろす、2000年の歴史絵巻、全2巻!
▼上巻では、中世のラシによる聖典注解、旧体制下のボルドー、アヴィニョン、アルザス・ロレーヌに花開いたユダヤ教文化、市民としての〈解放〉を見た「革命期」をへて、19世紀末のドレフュス事件まで、異文化の相克とアイデンティティー構築の過程をたどる。
■2016年8月22日書店にて発売! 本書の書籍詳細・オンラインご購入はこちら
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▼アメリカに次ぐ〈ディアスポラ(離散地)〉のユダヤ人口を擁する、現代フランス。 下巻では、両大戦間期のアシュケナジ移民、ヴィシー政権下の迫害から、戦後アルジェリア等からのセファラディ移民の流入をへて、シオニズム賛否に揺れる現代まで、「フランス人」と「ジュイフ」の二重性を生きる人々の感性を探る。
上・下巻 | 上巻 | 下巻 |
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分野 | 人文書 | |
初版年月日 | 2016/08/22 | 2016/08/22 |
本体価格 | 5,000円(+税) | 4,500円(+税) |
判型等 | A5判/上製/448頁 | A5判/上製/376頁 |
ISBN | 978-4-7664-2360-0 | 978-4-7664-2361-7 |
書籍詳細 | 目次や詳細はこちら | 目次や詳細はこちら |
1962年、岩手県生まれ。パリ第10(ナンテール)大学博士課程修了。東京理科大学理工学部教授。 専門はフランス語フランス語圏文学、ユダヤ研究。
著書に『ドレフュス事件のなかの科学』(青土社、2002年)ほか。訳書にレオン・ポリアコフ『反ユダヤ主義の歴史』(全五巻、筑摩書房、2005-2007年)、ヤコヴ・M・ラブキン『トーラーの名において ―― シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(平凡社、2010年)、同『イスラエルとは何か』(平凡社、2012年)ほか。