慶應義塾機関誌

 三田評論
  明治31年3月創刊(毎月1回1日発行)
   発行:慶應義塾 編集人:慶應義塾広報室長 編集・制作:慶應義塾大学出版会

慶應義塾の風景
三田評論表紙
2018年2月号表紙


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前号紹介  
 
 
 

2018年1月号のご案内

◆新春対談

文化の創造・発信拠点としての慶應義塾

 
茂木友三郎
(慶應義塾理事・評議員)
  長谷山 彰
(慶應義塾長)
 

あけましておめでとうございます。長谷山塾長となり、初めての新春対談は、義塾理事・評議員であるキッコーマンの茂木友三郎さんとの対談です。その淵源は江戸時代まで遡る老舗、キッコーマンの伝統と革新についての考えは慶應義塾と重なり合うところも多く談論風発。また文学部出身の長谷山塾長は文化の創造・発信拠点としての慶應義塾の姿を熱く語りました。

 
◆その他の企画
<話題の人
アジア選手権で見せた慶應野球
   
田沼千秋さん

石井章夫さん
(社会人野球日本代表監督)

 

佐藤旭さん
(社会人野球日本代表チーム主将)

 

インタビュアー 
後藤寿彦(慶應義塾大学野球部元監督・三田倶楽部会長)

   
昨秋の六大学野球は、慶應野球部の優勝で沸きました。その少し前にはアマチュア野球の「侍ジャパン」である社会人野球日本代表がアジア選手権を制覇。そこには塾野球部出身の監督と主将の姿がありました。アマチュア野球界で昨今活躍が著しい塾出身者には慶應野球のスピリッツが濃く流れているようです。もう一つの「侍ジャパン」の活躍に今後も期待大です。
   
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<三人閑談>
少数言語を旅する

佐藤歩武(株式会社大学書林取締役、塾員)
井上逸兵(慶應義塾大学文学部教授)
藤田 護(慶應義塾大学環境情報学部専任講師)


現在、地球上には約7000の言語があると言われています。しかし、その中で私たちが知っている、あるいは名前を聞いたことがある言語は、ごくわずかではないでしょうか。いわゆる「少数言語」には、消滅の危機にさらされているものも多い一方で、研究者や現地の人々の取り組みによって再びその力を取り戻しているものもあります。世界のさまざまな地域で今日も話され続けている、そんな言語たちの姿を追いました。
 
 
<第42回 小泉信三賞全国高校生小論文コンテスト審査結果一覧>
 【小泉信三賞】バレリーナとオタクの「熱中エンジン」

石橋真里奈

 【同 次席】 未来のための「選択」

米山 然

 【同 佳作】みんなで守る民主主義

小名木礼仁

 【同 佳作】民主主義の衰退

長谷海王

 【同 佳作】私の中の民主主義─その実践と課題について思うこと─

福住旺穫

   
 〈選評〉小川原正道・荻野安奈・権丈善一・須田伸一・早川 浩

 

 

 

 
<演説館>
 さまよえる個人蔵書

紀田順一郎

 

 

<連載>
 福澤諭吉をめぐる人々 その20 ドクトルチャンブルスとドクトルジョンソン
山内慶太
 義塾を訪れた外国人 その22 カズオ・イシグロ
河内恵子
 写真に見る戦後の義塾23 幼稚舎創立80周年

鈴木雅晴

 新 慶應義塾豆百科 第22回 福澤諭吉記念文明塾
 

 


 
<その他>
 丘の上 

加藤千麿、成澤良一、速水 融、山本厚子

 塾員クロスロード

浅枝真貴子、水野隆史

 Researcher's Eye

磯部 哲、藤井進也、西村知泰

 執筆ノート

『享徳の乱──中世東国の「三十年戦争」』
(峰岸純夫)
『生きて還る──完全試合投手となった特攻帰還兵 武智文雄』
(小林信也)
『村上春樹と《鎮魂》の詩学──午前8時25分、多くの祭りのために、ユミヨシさんの耳』
(小島基洋)
『煉獄と地獄──ヨーロッパ中世文学と一般信徒の死生観』
(松田隆美)

 社中交歓(戌)

尾形聡子、犬養 拓、山本恵太、賀陽智之

 <追想>  
 米田治先生を偲ぶ 神崎忠昭
 学生思いの評議員会議長──西室さんを悼む 清家 篤
 永遠なる茅マジック──茅幸二先生追悼 中嶋 敦
 
 

前号紹介

三田評論2018年1月号表紙

 

寸描 2018年1月号について

慶應義塾では、周知の通り学生生徒、教職員、塾員を総称して慶應義塾社中と表現することが多い。かつて大学紛争盛んなりし時、学生の中から「社中イデオロギー粉砕!」が叫ばれたのも故無しとしない。確かにこの言葉の持つニュアンスは多様で、構成員それぞれの立場に引きつけた解釈と使用が生じるのは避けがたい。しかし、もともとこの言葉は、福澤の思想と切り離し難い、いわば彼の思想の近代性と結びついたいささか深い意味を持っているといってよいのではなかろうか。それは、福澤が乗り越えようとした伝統的な集団意識との対峙を見事に言いあらわした言葉だった。おそらく福澤の意識のなかでは、つねにcompany という語に彼の考えを重ねていたのだと思われる。構成員を外からしばるのではなく、それぞれの期するところに従って主体性をもって行動する。責任と協働のネットワークこそ、彼の社中には最もふさわしいものだったに相違ない。

飯田裕康

 

 

 
 
 

 

 
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