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連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第4号(2006年9月)
 
 

最も近い国を知らない一日本人

 私自身も、岡崎大使がご指摘された「隣国について無知な日本人」であることを認めざるを得ません。私が初めて韓国を訪れたのは1997年の秋です。それまでは、韓国の友人も極めて少なく、私自身、日韓の「ヒトの和と輪」に恵まれませんでした。従って、韓国に対する「イメージ」は、カルビやキムチ等を通じて独特の美味しい食文化を持つ国、文禄慶長の役や韓国併合を通じて辛い経験を我が日本が過去において押し付けた国という、一般常識に基づく極めて単純なものでした。そして判断材料も日本語情報、それもマスメディアを中心とする情報しかありませんでした。このように私にとって韓国は言わば「実感の薄い」、日本の最も近い国でありました。

 そうしたなか、1997年秋、「IEEE1394」と呼ばれる技術規格に関する国際会議に参加するため、韓国を初めて訪れる機会が巡って来ました。会議出席の準備は別として、皆様が海外旅行の際に懐かれる感情同様、私も初めての韓国に期待と不安を懐きつつ、ソウルのホテルに到着しました。生来、「街なか探索」が好きな私は、持参した漢字とカタカナで表示されたソウルのグルメ・ガイドブックを片手に徒歩でお目当てのレストランに向かいました。私達は無意識のうちに自分の価値観や習慣が当然かつ標準的であると考えてしまうような気がします。私はソウルを訪れるまでは、東京のように道路標識や駅の表示には漢字とローマ字が必ず付いているものと信じ込んでいました。が、道も住所もハングルで表示されているではありませんか!!幸いにも英語が分かりそうな若い人を見つけ、やっとの思いでレストランに到着しました。

 さて、旅行をはじめ何にしろ、「第一印象」は重要です。レストラン自体は大衆的ですが大変美味しく、またお店の「オバちゃん」が優しく、更には紛失癖の私が財布をはじめ貴重品が入った鞄を忘れたにもかかわらず、30分後に慌てて戻ると忘れ物として大切に保管して頂いたので、私と同僚は訪韓第1日目から「親韓派」になってしまいました。と同時に、私はそれまでの自分の姿勢が急に恥かしくなりました。私は、英語をはじめとしてまがりなりにも複数の外国語を理解し、頻繁に海外へ出張及び旅行をする国際派の日本人であると愚かにも自惚れていました。ところが、私自身、「最近隣国」の韓国に関して、全く無知の人間だったのです。もしも韓国が無視しうる程の弱小国であったなら無知であっても誰も責めはしないでしょう。しかし、韓国は日本と同様、the “Rich Nations’ Club”と呼ばれるOECDの加盟国で、世界第11位(GDP基準)の規模を持つ国です。このように国際政治経済社会の視点からして、「最近隣国」を知らない私は本当に国際人なのだろうか? これでは私の親しい米英仏独、そして中国の友人達から陰で冷笑されるに決まっています。

 かくして私の我流「韓国学」が始まりました。翌年の夏休みは家族及び弟夫婦と共にソウル旅行を楽しみ、またエレクトロニクス分野の国際会議で再びソウルを訪れる機会も持てました。しかし、残念なことに怠惰で非力の私にとって、「韓国学」は正しく「牛歩の歩み」です。再び私事で恐縮ですが、私の父も、縁あって、1998年10月、キム・デジュン(金大中/※※※)大統領が来日された際、午餐会に招かれ、また韓国で何度か講演を頼まれるようになりました。そして、父は息子である私に向かい、スピーチにおける挿話としての「気の利いた」韓国の故事や文芸作品を尋ねました。しかし、韓国文化に関して無知の私には全く思い浮かばないのです。現在のように、韓国ブーム(「韓流(※※)」)が巻き起こり、韓国ドラマ『冬のソナタ(※※※※)や『宮廷女官チャングムの誓い(大長今/※※※が放送されている時ならば、「韓流オンチ」の私ですら、友人から何かを聞き出せたでしょう。また、今なら17世紀の偉大な学者である柳馨遠等の名前も挙げられたでしょう。しかし、最近まで韓国に関して無知だった私は何も思い浮かばず、自分自身に驚いた次第です。

※はこのサイトでは表示されない文字です。PDFファイルには表示されています。

 

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
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