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連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第7号(2006年12月)
 
 

1. 今年最後のハーバード便り
2. 栗原後悔日誌@Harvard
3. 外国語、内容、そして行動
誰が外国語を必要とする「ヒト」か?
「英語バカ」が意味するもの
行動のための言葉と内容
4. 編集後記


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1. 今年最後のハーバード便り

  米国では感謝祭の頃からクリスマスのイルミネーションが美しい街並みを一層輝かせます。その輝きは同時に年の終りが近づいたことを私達に告げ、時の経過の速さを悟らせてくれます。こうした初冬のケンブリッジから、「グローバル時代における知的武者修行」を志す皆様に、今年最後のご報告を致します。

2. 栗原後悔日誌@Harvard


 マサチューセッツ工科大学(MIT)のスザンヌ・バーガー教授のご著書『MITチームの調査研究によるグローバル企業の成功戦略(How We Compete: What Companies around the World Are Doing to Make It in Today’s Global Economy)』が丁度1年前に出版されましたが、3ヶ月程前の9月に邦訳されたのを機会に訪日されると聞き、同教授にお目にかかりました。その時、私はウェブで見つけた宮内庁三の丸尚蔵館の展覧会の解説を印刷してお持ちしました。そして特別展「明治の彫金―海野勝aとその周辺」をご説明しようとしましたが、彫金等多くの言葉をどう訳すのか分からず困り果て、私の語彙の少なさと翻訳の難しさを改めて感じた次第です。時間は遡りますが、夏の終りにバーガー教授から「ジュン、今度東京に行く時、博物館を訪れるなら東京国立博物館と尚蔵館、どちらが良いと思う?」と聞かれた時、伊藤若冲の『動植綵絵』の魅力に負けて、「私なら尚蔵館に行きます」と答えた手前、いい加減なご説明を同教授にしてはいけないと思っていながら、結局は不十分な解説に終ってしまいました。

 今年6月、一時帰国からケンブリッジに戻った時、本学の友人と日本で公演していた歌舞伎『国性爺合戦』の話をしました。その時も、主人公、和藤内(わとうない)の意味を説明する時に大変苦労しました。この歌舞伎(及び浄瑠璃)の主人公は父親が中国人で母が日本人という国姓爺(鄭成功)という実在の人物がモデルになっております。原作者の近松門左衛門が「和(日本)」でも「唐(中国)」でも「ない」という小粋な洒落から和藤内と名付けた訳です。この洒落の面白さを英語で説明しつつ、洒落を翻訳することの難しさと退屈さを改めて感じた次第です。こうした趣味の分野だけでなく、専門分野においても私の外国語との格闘は毎日続いております。現在、私は東アジアにおける政治経済問題について研究し、またその地域におけるアドバイザーとしてビジネスを行っております。そのため大量の報告書や文献を読み、また多くの方々の意見を聞く必要に迫られています。このため、英語をはじめ中独仏韓露といった外国語がたとえ部分的であっても必要になってきております。小誌前号でもお伝えしましたような広大で躍動的な変化を遂げる中国を知るには、相当な覚悟で、外国語に関しても「知的したたかさ」を身に付ける必要があります。

 既に読まれた方も多いと思いますが、今年のダボス会議の前に発表された『ハーバード・ビジネス・レヴュー(HBR)』誌2月号に特集「2006年版画期的な考え (Breakthrough Ideas for 2006)」が掲載されていました。その冒頭に挙げられていたのが「統合能力の高いリーダー(The Synthesizing Leader)」です。著者である本学教育大学院のハワード・ガードナー教授は、最初にノーベル物理学賞受賞者のマレー・ゲルマン博士から伺った話を語ります。ゲルマン博士は、21世紀における最も価値有る個人的特質は情報を統合化する能力であると仰ったそうです。すなわち、如何なる情報を注視し、如何なる情報を切り捨て、重要と判断した情報を如何に知識として取り込み、重要な相手と情報交換するかが重要な個人の能力であり、リーダーはそれに長けている必要があるとガードナー教授は語ります。私もこの「情報を統合する能力」こそが、今後一層複雑化する世界において生き抜く「ワザ」となってくると思います。

 時折、目と耳を疑うような情報が巷間飛び交っているのは皆様もお感じになっているでしょう。確かに、真偽を確かめもせず、目新しい情報に安易に飛びついて勝ち誇ったかのように告げる報道や資料は少なくありません。これに関して、私の或る本との出会いをご紹介します。20年程前、サラッとした立ち読みだけで通り過ぎようとした本の或る一節に目を奪われました―「『情報化社会』が次第に定着する中では当然起こる現象として、大量の、意味のない『情報』の氾濫という現象がある。『ジャンク』(ごみ屑)と呼ばれる意味のない『情報』が氾濫する中で、その真偽と同時に内容について鋭い選別眼がすべての人に求められるのが『情報化社会』の特徴なのである。… この選別眼を持つ人々だけが、経済界での成功者の資格を持つ。… 大量に氾濫する『情報』の真偽を判別するには、何よりも事実を知らなければならない。それも現在の『事実』に限らず、歴史的な『事実』についても正確な知識を持つ必要があり、それにはきわめて大量の『勉強』が必要である。大量の『事実』を知ろうとすれば、多くの文献と資料を『速読』する能力を身につけなければならない。それも日本語だけでなく、英語をはじめ外国語の文献と資料にも適用するとすれば、こうした能力を身につけるための持続的な努力が必要であり、これはすべての人に求められる資質ではあり得ない。… こうした資質を備えている人材は、勿論少数者に限定され、その少数者だけに『情報化社会』で成功する資格がある。この意味での厳しい『選別』が、『情報化社会』が進む中で進行することは避け難い『メカニズム』であり、そこから落ちこぼれた人々が『陰謀説』に救いを求めようとするのも、これまた避けられない流れなのである」、と。この著者の主張は正しくゲルマン博士の仰っていることと同じです。この本は日本の評論家である長谷川慶太郎氏による『強い「個性」の経済学』です。有能で高い「志」を抱く皆様、継続的な努力を厭わず、正確・客観的・合目的的な情報収集を通じた知識の蓄積を行い、ステレオタイプ、陰謀説、そして根拠の無い希望的観測に流れる誘惑に立ち向かう勇気を持って頂くことを期待します。

 

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
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