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連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第7号(2006年12月)
 

 

■ 目次 ■

 

「英語バカ」が意味するもの

 私は直接的・間接的に「英語バカ」と言われた経験があります。言われてみて思い当たるふしが無くはないのですが、ここで「英語バカ」とは何かについて改めて整理してみたいと思います。すなわち、@知的な英語が話せる、A英語は話せないが知的な話ができる、B知的ではないが英語が話せる、C知的でもなく英語も話せない、という4分類に基づき考えてみたいと思います。話を進める前に、フランス政府の日本に関する或る資料をご紹介します。2003年11月に発表された「日本におけるビジネス関係の正しい実践方法(De la bonne pratique des relations d’affaires au Japon)」を私は苦笑しつつ読み、複雑な気持ちになりました。その資料は、冒頭で日本では日本語が最大の障壁の一つであることを記しています。そして英語で交渉を行う場合、以下の4つの留意点を挙げています。

(1)日本での英語の用法は往々にして(我々と)異なり、また不正確で、そのため誤解を招くことが簡単に起こってしまう(Le pratique de l’anglais au Japon est souvent différent et imprécise, et peut facilement mener à des malentendus.)。
(2)日本人は公の場では絶対に(英語の)単語や文章が分からないということを認めない(Un Japonais n’admettra jamais publiquement qu’il n’a pas compris le sens d’un mot ou d’une phrase.)。
(3)英語が話せる日本人が必ずしも良き交渉相手とは限らない(一般に彼等は一番若く、従って意思決定者ではない)(Ceux qui parlent anglais ne sont pas nécessairement les meilleurs interlocuteurs (en général les plus jeunes, et donc pas les preneurs de décision).)。
(4)交渉担当者のただ一人だけが英語を話すなら、その人だけがあなたの発言を訳すことになる。しかもその時あなたはその人があなたのメッセージを正確に翻訳して伝えたかどうかを確かめる方法を持たない(Si un seul de vos interlocuteurs parle anglais, il sera seul à traduire ce que vous direz, et vous n’aurez donc aucun moyen de vérifier qu’il a correctement fait passer le message.)。

 私は3年前にこれを最初に読んだ時、フランス人からこんなにも皮肉に満ちた、しかしながら的確な形で日本人との英語による交渉時の問題点を、政府資料として、しかも最近になって作成されたかと思うと複雑な心境になりました。私流に解釈すれば、日本人は、(1)英語を(彼等の基準では)正確に学んでいない、(2)英語の単語や文章が分からなくてもその場で聞かず、分からないままで黙っている、(3)英語を話せる日本人はいるが若過ぎて交渉に役に立たない、(4)翻訳には元来誤訳が不可避であるが、一人の通訳では日本人との交渉は不正確極まりない、以上4つの留意点を仏国政府から賜った訳であります。フランス語を理解できる方はご自身でインターネットで検索し、日本において通訳を介した交渉が如何に大変であるかを更に詳述しているこの資料を確認して頂きたいと思います。

 第三国である仏国政府のこの見解を念頭に、先の「英語バカ」の問題を考えてみたいと思います。内容の濃い話を流暢な英語で話せること(@)は問題有りませんし、英語も話せず中身も無い人間(C)が問題外であることは言うまでもありません。Aのタイプの方は確かにいらっしゃいます。日本が生んだ偉大な数学者である小平邦彦先生は、本学をはじめプリンストン高等研究所(IAS)等、海外で研究をされた方です。正確な話ではないので恐縮ですが、尊敬する或る数学者の方から伺った話では小平先生の英語はそう流暢ではなかったそうです。が、米国をはじめとする世界の研究者は小平先生の訥訥と語るお言葉を一言も聞き漏らさないようにと、敬愛の眼差しで真剣に聞き入っていたそうです。またロンドン海軍軍縮会議に臨んだ若槻禮次郎首席全権は、濱口雄幸首相からの指示を自伝『古風庵回顧録』の中に書かれています。「私自身は、外国語を話すことは出来ず、外交の辞礼に倣わず、殊に海軍の専門知識がない。とうてい使命を果たす自信がないので、固くお断りした。それに対して、… 外国語が出来ないでも、英語に堪能な者を随員につけるから、一向差支えない。外交の辞礼なるものは別段練習を要するものでもなく、常識をもって適宜応酬すればいい。海軍の専門知識などは、随員がついており、殊に海軍大臣が全権の一人として出席するから、専門の知識は十分だ。ぜひ承諾せいといって、たって懇請された。そこで、私は、これは国家に対する大変な御奉公であって、一身を賭さなければならない」と。そして後に駐米大使となる齋藤博という名外交官が側で完璧な英語の通訳として補佐するなか、若槻首席全権は決裂の危機にあった交渉を見事に合意に到らしめました。

 英語は流暢ではないが内容のある話が出来る(A)方々は、一様に必ず本質を正確に把握されており曖昧な部分を決して残さないこと―先の仏国政府の指摘で(2)の問題が無い―が特徴です。或るプロフェッショナルの通訳の方から教えて頂きましたが、国連(UN)では母国語が公用言語である国の代表の方々は、多くの場合母国語で話します。が、その時でも自分の言葉が正確に(特に英語に)翻訳されているかをヘッドホーンで聞いて確認しつつ話され、必要と有らば通訳に修正を求めると聞きました。このようにAの方々は国際的対話の際、小平先生のように数式という非言語情報交換能力とお人柄の良さ、若槻首相のように優れた人格と卓越した通訳の方の存在という比類の無い「代替的条件」をお持ちです。

 しかし、極めて優秀な通訳を常に側における身分にない私達「普通の人」、すなわち政治経済分野における一介の研究者や一般のビジネスマンはどうでしょう。専門分野における最先端の情報を理解するとなれば、大抵の場合外国語、特に事実上の国際共通語(the lingua franca)である英語での理解力が無ければ、私には不可能としか思えません。毎月次々と発表されてくる全米経済研究所(NBER)の論文、国際通貨基金(IMF)や経済開発協力機構(OECD)の報告書、そして同僚である本学研究者が書いた原稿は、ほとんど翻訳されていないものばかりです。逆に言えば、翻訳されているものは稀有と言っても過言ではありません。また『エコノミスト』誌や『ウォールストリート・ジャーナル』紙といった政治経済を考える上で重要な海外の雑誌・新聞も翻訳されてはいません(僅か一部分が日本のマスコミに転載されますが)。こう考えますと、余程特殊で極めて狭い分野でないかぎり、外国語を理解する能力と専門知識とは密接な関係があることを理解頂けると思います。こうして、英語は流暢ではないが内容の濃い話ができること自体を私は完全には否定しませんが、極めて限られた場合であると考えております。

 次にBの英語は話せるが内容が無いという所謂「英語バカ」を考えてみます。私はこの言葉の意味を未だ正確に理解できていません。前述した私流の言葉の流暢さを考える時のレベルを基に推論すれば、Aの旅行程度(ホテルに泊まり、食事が出来る)、Bの気楽な日常生活や簡単なビジネス会話程度(一対一で何とか意思の疎通が出来る)といった外国語のレベルを自慢している日本人に対して、それよりも流暢さに欠ける人々の妬みからの蔑視発言かも知れません。確かに、所謂「帰国子女」が発音は上手であるが専門知識を要する会話についていけない場合や、日本人同士の会合で、別段英語にしなくても良いと思う部分まで無理やり英語にして話す「変な人々」に遭遇する場合があります。これに関して面白い経験をしたことがあります。米国の或る友人が、或る日本人を指して「ジュン、彼の(英語の)発音が余りにもきれいなので如何に話が詰まらないかがすぐ分かる」と言った時、私は思わず吹き出してしまいました。また日本人同士の討議の時には英単語を交えて自慢気に話されている方々が、外国の方々と真剣勝負の知的対話になった途端に一言も話せないという奇妙な場面にも私は数多く遭遇しました。才能溢れる若い皆様、「英語バカ」という言葉自体、変な表現です。はしたない言い方で恐縮ですが、私は何語を話そうが愚か者は愚か者でしかないと思っています。その意味で、Aの英語は少し不自由だが話の内容が立派だ、更には@の流暢な英語で皆を納得させる話をする、という評価を得た国際的日本人に成長して下さることを心から期待致します。

 

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
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