南方熊楠生誕150周年(2017年) 『南方熊楠――複眼の学問構想』著者の松居竜五氏による連載です。

連載:『南方熊楠』(松居 竜五 著)

南方熊楠生誕150周年(2017年)!

南方熊楠(1867年5月18日(慶応3年4月15日)生誕)、2017年は生誕150周年です。

★南方熊楠生誕150年記念 松居竜五さん×志村真幸さんトークイベント
 「データベースとしての南方熊楠」を5月17日に紀伊國屋書店新宿本店で開催!
 
https://www.kinokuniya.co.jp/contents/pc/store/Shinjuku-Main-Store/20170428100003.html

★「あとがき」公開中!
  著者、松居 竜五氏による「あとがき」をご覧いただけます。本書の参考にぜひご覧ください。

★eo光チャンネル「歴史ろまん紀行」「南方熊楠~南方熊楠生誕150年~」では『南方熊楠――複眼の学問構想』の著者、松居竜五先生のインタビューが放送されます。ぜひご覧ください。

 

第4回 「「ロンドン抜書」の世界」

 1892年から八年間に及ぶロンドンでの生活の間、南方熊楠は大英博物館などで日夜、書籍の筆写に明け暮れた。この時、熊楠が心血を注いで作成した「ロンドン抜書」と呼ばれるノートは全52冊、一万頁に及ぶ。この抜書はその後さまざまなかたちで活用されており、学者としての熊楠の基盤となったと言ってよいものである。

 

南方熊楠生誕150周年(2017年) 『南方熊楠――複眼の学問構想』著者の松居竜五氏による連載です。

 しかし、細字でびっしりと埋め尽くされたノートの分析は、なかなか一筋縄では行かない。まず驚かされるのが、使用されている言語の多様さである。英語、日本語、漢文はもちろんとして、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、ラテン語、ポルトガル語が用いられている。私自身は英語、フランス語くらいまでなら読めるのだが、その他の言語となるとかなり怪しい。日本語の書き込みでさえ、細字の走り書きのため読みにくく、読解はなかなか進まなかった。

 しかし、ここでもデータベースの作成による解析が威力を発揮した。大英図書館などにおけるオンラインでの書誌情報の開示が進んだことも追い風になった。その結果、20年以上の歳月をかけて、ようやくこのノートの意味づけについて納得できるところまでは明らかにすることができた。
 筆写の中で圧倒的に多いのが旅行記である。特に、マルコ・ポーロの時代から、大航海時代、そして18・19世紀の探検にいたるまでの大旅行の記録がびっしりと並んでいる。そこには、ヨーロッパが他の地域をどのようにとらえてきたのか、という熊楠の問題意識が刻印されていた。
 特徴的なのは、ヨーロッパからの一方的な他者認識を、熊楠が中国や日本の視点から逆照射しようとしていることである。たとえば、十六世紀のヴェネチアで作成されたラムージオによる航海記の集成について、熊楠は当時の日本がイエズス会によってどのように記述されていたかという観点で筆写をおこなっている。その中に、日本人として初めてヨーロッパ語を習得したアンジローのことが登場する。罪を犯して日本を脱出したアンジローはゴアで洗礼を受け、1549年にザヴィエルの布教を助けるためにともに鹿児島に上陸した人物である。 ある日、ザヴィエルから「なぜ私たちと同じように左から右へ書かないのか」と問われたアンジローは次のように答えた。「あなたがたはなぜ私たちと同じように書かないのか・・・人間は頭が上にあり、足が下にあるので、書く時も上から下へ書かねばならない」(河野純徳訳『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』)。
 これを大英博物館で筆写していた熊楠は、我が意を得たとばかりに「此男中々ノ豪傑ト見エタリ」とイタリア語筆写の余白に日本語で書き込んでいる。大英帝国の首都で学問的な孤軍奮闘を続ける熊楠にとって、ヨーロッパ人と最初に本格的に接触したこの薩摩人の気概は、大いに勇気づけられるものだったのだろう。

 

南方熊楠生誕150周年(2017年) 『南方熊楠――複眼の学問構想』著者の松居竜五氏による連載です。

 



  

連載「南方熊楠」目次

第1回 南方熊楠の書庫(2016.12.1 掲載)
第2回 南方熊楠とコンピュータ(2016.12.8 掲載)
第3回 図鑑の中の宇宙(2016.12.15 掲載)
第4回 「ロンドン抜書」の世界(2016.12.22 掲載)
第5回 マンダラと生態系(2017.1.5 掲載)
第6回 「十二支考」という達成(2017.1.12 掲載)

  

 

『南方熊楠――複眼の学問構想』(松居 竜五 著)

南方熊楠生誕150周年(2017年) 『南方熊楠――複眼の学問構想』著者の松居竜五氏による連載です。 学者熊楠、誕生の軌跡

アメリカ、キューバ、ロンドン、那智――。
世界各地を自ら踏破し、古今東西の膨大な時空に拡がる文献を駆使して、NatureやNotes and Queries に400篇近い英文論考を発表。
西欧の知的潮流に正面から向き合い、独創的な知を紡いだ学者南方熊楠の多様性と集束力の織り成すダイナミズムを描く労作。

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書籍詳細

分野 社会、哲学、思想
初版年月日 2016/12/30
本体価格 4,500円(+税)
判型等 A5判/上製/628頁
ISBN 978-4-7664-2362-4
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著者 松居 竜五(まつい りゅうご)

1964年、京都府生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。論文博士(学術)。東京大学教養学部留学生担当講師、ケンブリッジ大学客員研究員等を経て、現在、龍谷大学国際学部教授。南方熊楠顕彰会理事、日本国際文化学会常任理事、熊楠関西研究会事務局。 著書に『南方熊楠  一切智の夢』(朝日新聞社)、『達人たちの大英博物館』(共著、講談社選書メチエ)、『南方熊楠大事典』(共編共著、勉誠出版)など、訳書に『南方熊楠英文論考[ネイチャー]誌篇』(共訳、集英社)、『南方熊楠英文論考[ノーツ アンド クエリーズ]誌篇』(共訳、集英社)がある。