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高齢化社会と日本人の生き方  立ち読み

『高齢化社会と日本人の生き方
岐路に立つ現代中年のライフストーリー』
  

第六章 いのちを信頼する
――千葉さんのエイジング より抜粋

 

小倉 康嗣 著
 
 

 「不覚だった」――脳梗塞の経験

 堅苦しい自己紹介はほどほどにして、「とにかく自由に、ざっくばらんにお話をうかがいたい」と私が言うと、千葉さんは、脳梗塞で倒れたときの経験をふり返りながら、自身の身体のことについてとつとつと語り始めた。

 ――とにかく今日は、そんなにカチッとではなく、ざっくばらんにというか、あまりかしこまってじゃなくて、なんでも自由に、与太話的にお話していただければいいなぁと思って……。

 (千葉)たとえばいまね、僕がいちばん関心というか、頭のなかを占めているのはねぇ……つまりいままで、ここ三十年ぐらい、自分の肉体というか体というのを考えてなかったの。そんなことを考えなくたって、やれてきたわけですよ、なんでも。なにしろ入院とかしたのは、中学校三年のときの盲腸手術ぐらいですから、それから病気らしい病気はしないで、好きな仕事をとにかく、あとでまた出てくると思うんですけど、がむしゃらに働かざるをえなかったという側面があるんですけどね。
 ですけど、去年の九月末に脳梗塞になっちゃって。原稿を直してくれと言われて、いったん書いた原稿をまた書き直ししてたんですよ。そうしたら夕方になったら、要するに右手が動かなくなったんです。ワープロのキーボードを打てなくなっちゃった。なんか変だよねというふうにして、変だなと思って、ちょっと部屋のなかを歩いてみたら、足も変なんですよ。だから「あれっ?」と思って。夜になって、編集の担当の方が原稿を取りに来て、渡したわけですね。そうしたらそのときに、「ひょっとしたら脳梗塞かもしれないから……」(――その編集の方が、そうやっておっしゃって……)、そうそう。僕もそういう話は、そいつと話したりなんかするときに、いろいろ話をきいてたりなんかしてたものだから、じゃあとにかく今晩ひと晩みて、明日の朝行ってみようということで、その日は風呂は入らなかったんですね。
 つぎの日の朝早く、アパートの隣のおばちゃんにきいたら、○○(千葉さんが住んでいる地域の名前)の病院を紹介してくれて、「そこはいいよ」と。それでタクシーを呼んで、自分で行ったんですよね。例のとおり、二時間、三時間待ちでしょう、受け付けしてから。その間、だんだんだんだん悪くなってくるんですよ(――わかるんですか、体で)。そうそう。つまり、歩くたびに足が変になっていくし、そのときはもちろんまだ杖も持ってないですから、病名もわからない。結局、二時間待って診察してもらって、脳梗塞ということで、一カ月ちょっと入院したんですよ。その間だんだん、いちばんはじめの二、三日はほとんど記憶がなかったんですけど、起きて、飯を食って、寝て、飯を食って、寝てみたいな。
 それまでに体のことなんかまず考えたことがなくて、いちばん最初に「不覚だったなぁ」という。つまり、そういうことをいろいろいままで考えたり、言葉で言ったりはしてたんだけど、実際本当に自分のことを何も考えていなかったというか、自分のことというか、体のことをね。それから、雑誌とかテレビやなんかでも体のこととか健康のこととかを言ったりするけど、全部嘘だという感じがするわけですよね。実際になってみなきゃわからないと、「おまえ、死ぬときのことを考えてものを言ってるのか」という感じがすごくして、そういうふうに思うようになったというのは、やっぱり自分でなってみてなんですよね。 ・・・・・
[本書291頁から293頁途中まで抜粋]



 
著者プロフィール:著者プロフィール【著者】小倉康嗣(おぐら やすつぐ)

立教大学・東京情報大学・東京外国語大学講師。 1968年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、厚生省厚生事務官を経て、慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。日本学術振興会特別研究員(PD)、早稲田大学・聖心女子大学講師を経て、現職。社会学博士(慶應義塾大学、2005年)。 主な著書に、『近代日本社会学者小伝――書誌的考察』勁草書房(共著、1998年)、L・シャッツマン=A・L・ストラウス『フィールド・リサーチ――現地調査の方法と調査者の戦略』慶應義塾大学出版会(共訳、1999年)、『定年のライフスタイル』コロナ社(共著、2001年)、K・F・パンチ『社会調査入門――量的調査と質的調査の活用』慶應義塾大学出版会(共訳、2005年)など。 主な論文に、「大衆長寿化社会における人間形成へのアプローチ ――『人生過程としてのエイジング』への一つの視角と方法」(『年報社会学論集』11号、1998年)、「後期近代としての高齢化社会と〈ラディカル・エイジング〉――人間形成の新たな位相へ」(『社会学評論』205号、2001年)、「ゲイの老後は悲惨か?――再帰的近代としての高齢化社会とゲイのエイジング」(『クィア・ジャパン』vol.5、2001年)、「再帰的近代としての高齢化社会と人間形成――〈意味感覚としての隠居〉をめぐる現代中年のライフストーリーから」(『質的心理学研究』2号、2003年)、「ゲイのエイジング――地道で壮大な生き方の実験」(『歴博』137号、2006年)など。

 

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