キリシタン時代の良心問題
インド・日本・中国の「倫理」の足跡
|
▼断絶と連続のアジア布教史――。
16世紀以降、イエズス会のアジアにおける布教事業は、 インドから日本へ、日本から中国へと進められた。
宣教師たちはそれぞれの文化に適応しつつ、 新たな信者たちの「倫理」や「戒律」の基準をどのように修正していったのか――。
司祭の手引書から書翰集、聖人伝まで、膨大な史料を渉猟し、 連続性と断絶を明らかにする。

序説 良心問題とは何か 一、本書の視角 二、本書の構成
第一章 発見地の領有と異教徒の権利――ビトリア、グロティウス、フレイタスの議論 一、はじめに 二、サラマンカ学派の言説 三、グロティウス『自由海論』の言説 四、フレイタスのインド洋領有論 五、結び
第二章 キリシタン時代の神学と良心問題 一、はじめに 二、トマス神学の教育 三、キリシタン時代の良心問題 四、ヴァリニャーノの良心問題決疑論 五、一七世紀以後の良心問題 六、結び ……
著者略歴は書籍刊行時のものを表示しています。
浅見 雅一(あさみ まさかず) 慶應義塾大学文学部教授。1962年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂所助手、同助教授などを経て現職。専門はキリシタン史。代表的な著書に『キリシタン時代の偶像崇拝』(東京大学出版会、2009年)、『フランシスコ=ザビエル――東方布教に身をささげた宣教師』(山川出版社、2011年)、『概説キリシタン史』(慶應義塾大学出版会、2016年)、『キリスト教と寛容 中近世の日本とヨーロッパ』(慶應義塾大学出版会、2019年)など。
|