井筒俊彦入門
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  『読むと書く』

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 2009(平成21)年、慶應義塾大学出版会から刊行。『井筒俊彦著作集』未収の詩、エッセイ、論文、推薦文、追悼文など70編を収録。この著作には、1939(昭和14)年から1991(平成3)年、50年を越える期間にわたって著された文章が収められている。すべてが初出以降、著者の単行本に収められることがなかった文章群である。井筒俊彦自身の伝記的事実はもちろん、学問的系譜、思想遍歴、影響を受けた人物についてなどに関しても、既刊の著作には見られなかった著者の直接的な発言を読むことができる。

 

 

 『井筒俊彦著作集』刊行中に作者は、急逝する。このことも影響したのかもしれない。単行本未収の作品を編集、刊行するという著作集別巻の計画はとん挫する。『読むと書く』は、その試みをより充実したかたちで実現している。

 

 『読むと書く』でまず、読者が確認できるのは、学者井筒俊彦が、言語学から出発している事実である。ギリシア哲学、イスラーム学はそれに続く。彼をイスラーム学者であるというのは、事実ではあるが、その一面を表現しているにすぎない。また、この1冊には若き日に書かれた詩も収められている。井筒俊彦は後年、マラルメに触れ、詩の言葉あるいは詩人の言葉に「絶対言語」、すなわち「コトバ」を論じたが、『読むと書く』に収録された2つのクローデル論を読めば、詩と哲学の間に生きた井筒俊彦の足どりをより鮮明に見ることができる。

 

 井筒俊彦は自身についてほとんど語ることがなかったと、そう思っていた読者は少なくないだろう。事実、『井筒俊彦著作集』に収められた文章で、彼は、師友、近代日本の哲学者、あるいはキリスト教との関係について、ほとんど語ることがなかった。西脇順三郎は井筒俊彦が師と仰ぐ「ただひとり」の人物なのだが、『読むと書く』が刊行される以前は、著作集別巻の「対談鼎談集」で若干垣間見る以上の伝記的事実を確認することは難しかったのである。

 

 井筒俊彦の読者は、晩年彼が、若き日に書いた『マホメット』(弘文堂、アテネ文庫、1952年)を、初版 に忠実に復刊したことを知っているだろう(講談社学術文庫、1989年)。しかし、『読むと書く』には、それ以前に書かれたムハンマド論が収められている。『神秘哲学』は、初版の刊行のときには「ギリシアの部」という副題があった。その序文を読むと続編として「ヘブライの部」、「キリスト教神秘思想の部」と続く計画があり、それが実現されなかったことを知ることができる。『読むと書く』の読者は未完の論考「神秘主義のエロス的形態――聖ベルナール論」にその続編の片鱗をみるだろう。『ロシア的人間』の読者は井筒俊彦と19世紀ロシア文学の出会いが、ヴィジョンを媒介にした実存的経験だったことを知るだろうが、『読むと書く』には、同質の経験は、クローデルはもちろんヴァレリー、ランボーといったフランス詩人からシェークスピア、ダンテとの邂逅において起った事実を発見することができる。「コトバ」の1語は『意識と本質』ではじめて用いられたのだが、『読むと書く』の読者は、その原経験が「太初にコトバがあった」という新約聖書ヨハネ福音書冒頭の1節と密接な関係があったことを知る。

 

 また、表題にもなったエッセイ「読むと書く」1編を読めば井筒俊彦が現代思想にも敏感に反応した人物だったことを知ることができる。論理的展開と表現の方法とに不正確さを感じつつも、井筒俊彦はロラン・バルトの読者であり続けた。思想を「読む」とはその言語の意味を正確に追うことに尽きるのではない。それは確かに継承の条件たり得るのだが、変貌を封鎖することもある。思想はときに必然的誤読されることで、むしろ、蘇生するだけでなく新生する、と井筒俊彦はいう。長短70編の文章にはこれまで論じられることのなかった井筒俊彦の邂逅と遍歴、経験、変貌、発展、成熟の軌跡が、ときに鮮烈に語られ、この哲学者の思想は、日本と現代という制約を突破し、世界と未来とに深くつながる指向があることを伝えている。

 

 岩見隆による井筒俊彦の「主要業績一覧」という先行する仕事がなければ、『読むと書く』は生まれることなく、文献は散逸していたかもしれない。井筒俊彦の蔵書目録が整備され、便覧化されている。彼は自作を抜き刷りのかたちで製本し、所蔵していた。そのため著者名「井筒俊彦」として、なじみのない作品が蔵書目録に記録されることになる。ここにも「新資料」がいくつか眠っていた。そこに夫人豊子氏、編者、編集者が発見した文章が加えられ『読むと書く』は生まれた。本書の登場で、井筒俊彦研究の資料的基盤の重要な一角が整ったといっていい。

 

 ジャック・デリダは、高弟であり友人でもあった鵜飼哲に蔵書の整理を依頼する。デリダの病などで生前は日程が合わず、デリダの没後、鵜飼哲は主人なき書斎に赴き、約束を果たす。整理者は書籍の向こうに所有者の面影を見るのだろう。ときに学者の蔵書は日録のようにその境涯を物語る。『読むと書く』は読者にそうした風景の一角をかいまみさせてくれる。井筒俊彦がデリダについて書いた小品も『読むと書く』に収められている。


 

   
   
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若松英輔

 

 1968年新潟生まれ。慶應義塾大学文学部仏文学科卒。評論家。「越知保夫とその時代」で第14回三田文学新人賞評論部門当選。その他の作品に「小林秀雄と井筒俊彦」「須賀敦子の足跡」などがある。2010年より『三田文学』に「吉満義彦」を連載中。『読むと書く――井筒俊彦エッセイ集』(慶應義塾大学出版会、2009年)『小林秀雄――越知保夫全作品』(慶應義塾大学出版会、2010年)を編集。2011年処女著作となる『井筒俊彦――叡知の哲学』(慶應義塾大学出版会)を刊行。

 

 

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