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雷文化論  立ち読み

『フーコーの後で

―統治性・セキュリティ・闘争』

  

序 (続き)

高桑和巳
 
 
  

さて、このように「沈黙」とはもはや呼べないフーコーの五〇歳代だが、さらにこの時期は大まかに二分できる。『思考集成』や『講義集成』に目を通すと、一九八〇年ごろを境にして前半(『知への意志』からはじまる一九七〇年代後半)と後半(『快楽の活用』『自己への配慮』で終わる一九八〇年代)では関心の対象が微妙に異なるということがわかってくる。

 

詳細を省いて言っておけば、前半は「安全[セキュリティ]」「生政治」「統治性」、後半は「主体化」「倫理」「真理」といったキーワードによってそれぞれ特徴づけられる(他者たちが問題になっているか、自己が問題になっているかと言ってもよい)。また、前半は現代の検討、後半は古代への接近――一八世紀フランスを主要なフィールドとしていたフーコーにとってはいずれも特異な冒険――によってもそれぞれに際立っている。

 

前半にせよ後半にせよ、私たちが今後さらなる探究を行う必要があるという点では変わりがない。だが、この論集を編むにあたって私たちは前半、つまり一九七〇年代後半のフーコーに焦点を合わせることを選択した。  

その理由としてまず難なく思い浮かぶのは「時代順にやるのがよいから」というものである。最晩年には「自己の統治」という問題設定が登場するのだが、この問題設定を十分に検討するためにも、そもそもの「統治」自体がその直前の時期にどのように問われていたのかをあらかじめ明らかにしておく必要がある。

 

さらに言えば、最晩年については生前からまがりなりにも二冊の単行本がその時期の探究の結果として読者に与えられていた。たしかに、この二冊はおそらく死を予期した作者がいささか性急に刊行したものかもしれない。また、さらにその続刊として予定されていた『肉の告白』というタイトルの第四巻も発表されずに終わった。このような状況下で、最晩年のプロジェクトの全体像が霧に覆われてしまったという印象もなるほどなくはない。だが、最晩年の二冊が仮にその時期のフーコーを理解するうえでの目眩ましになりかねないとしても、ともかくも私たちには読解の材料が少なからず与えられていた。

 

それに対して一九七〇年代後半に関しては、それまでの探究を総括する『監視と処罰』、今後の探究を方向づけるはずの『知への意志』の二冊が端緒に置かれているだけで、その後の探究の詳細を包括的に知ることができるまとまった著作は存在しなかった。その全貌は、各種媒体での執筆・発言からかろうじて窺い知ることができるだけだった。

 

それらの部分的な著作から、この時期のフーコーの探究がもつ重要性・特異性をいち早く読み取る試みはこれまでにもあった。この時期のフーコーへの注目は一九九〇年代初頭に英語圏ではじまり、数年後にその動きがフランスや日本などそのほかの地域に波及した。この動きは、すでに述べたとおり『思考集成』の親本が一九九〇年代なかばに刊行されたことで後押しされた。

 

だが、この流れに決定的な第二波が訪れるには、この時期の講義録が刊行されるのを待つ必要があった。『監視と処罰』刊行と『知への意志』刊行のあいだの時期に行われた一九七五―七六年度講義は、いわばこれまでの時期の探究に区切りをつけて新たな問題設定を遠望するものだが、この講義が『「社会を防衛しなければならない」』として刊行されるのが一九九七年である。そして、一九七〇年代後半フーコーの中核をなす一九七七―七八年講義と七八―七九年講義はそれぞれ『安全・領土・人口』『生政治の誕生』として二〇〇四年にようやく同時刊行された。これらの本は、この時期のフーコーの思考をはじめて包括的にあとづけることを可能にするものだった。

 

つまり、この「後期フーコーの前半」を研究対象にするという試み――またこれを自分の探究のために使いまわすという試み――は、一〇年あまりの準備期間を経て、今日はじめて本格化することができるようになったと言える。じつのところ、今日に至る一〇年あまりの期間が、準備の名に収まらない貴重な成果をすでに生み、私たちのもとに届けてくれているということを忘れることはできない(その明白な痕跡は本書の随所に読み取れるだろう)。しかし、議論の包括的な再配置がフーコー自身の声でなされた現在、やはりあらためてやるべきことは多い。


 
プロフィール:著者プロフィール高桑和巳(たかくわ かずみ)

1972年生まれ。慶應義塾大学理工学部専任講師。 訳書:ジョルジョ・アガンベン『人権の彼方に 政治哲学ノート』(以文社、2000年)、同『ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生』(以文社、2003年)、同『バートルビー 偶然性について』(月曜社、2005年)、ミシェル・フーコー『安全・領土・人口』(筑摩書房、2007年)等。

 

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