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ウェブでしか読めない
 
オリジナル連載(2007年2月19日更新)

福沢諭吉の出版事業 福沢屋諭吉
〜慶應義塾大学出版会のルーツを探る〜

第24回:慶應義塾出版局の活動(その6)
 

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慶應義塾出版局の活動(その5)

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本連載は第40回を持ちまして終了となりました。長らくご愛読いただきありがとうございました。

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前回・前々回と『帳合之法(ちょうあいのほう) 初編』を見てきたが、福沢は同書を翻訳した趣意について、凡例の中で次のように述べている。今回もまた、適宜現代風に改めた。

帳合之法

 第一に、日本では学問と商売との間に関連がない。学者も商人もこの『帳合之法』を学べば、学者は実学を知り商人は理論を知り、日本の国力が増すことになる。
 第二に、この『帳合之法』を学べば、会計事務が一変して便利になる。
 第三に、日本では学問は非実用的であるとして、敬遠されてきた。この『帳合之法』を学校で生徒に教えれば、その生徒を通じて家族にも伝わり、洋学の実用的なことが認識されて、人々を学問・読書に導くことになる。
 第四に、この『帳合之法』を学べば商工業を軽蔑することなく、実業界で独立しようという大志が生れてくる。

いわゆる入門書・手引書の類ならば、その刊行の目的は上記の2番目の内容だけで十分なように思われる。しかし、単に簿記の方法を伝授するだけでは終わらないのが福沢諭吉! 国力の増加、人々の啓蒙、独立心の育成という大きな目的をも含みながら世に送り出されたのが、他ならぬ『帳合之法』であった。

そのような福沢の熱い思いは、次の二通の書簡からも読み取ることができる。松田道之
 一通目は、明治6年11月6日付の松田道之宛書簡(慶應義塾『福沢諭吉書簡集 第一巻』岩波書店 2001年 所収)。宛名の松田道之は、この連載の第21回目でも顔を出している。この書簡の中で福沢は、すでに慶應義塾出版局では『帳合之法』を会計に採用していると述べている。人に勧めるからには、まず自分自身で実践している。さらに、福沢の友人である中村道太という人物が、横浜の丸屋商社で『帳合之法』による西洋流の会計を担当しているので、松田が県令をしていた滋賀県に対して中村を派遣して、県の会計方法を改革することまで提案している。
 二通目は、明治11年10月11日付の高木喜一郎宛書簡(慶應義塾『福沢諭吉書簡集 第二巻』岩波書店 2001年 所収)。宛名の高木喜一郎は、慶應義塾卒業後に慶應義塾出版局に勤務して、当時は秋田の太平学校教員であり、後に大阪毎日新聞社の社長になる人物である。この書簡の中で福沢は、慶應義塾に「記簿」(まだ「簿記」という訳語が定着していなかった)の科を立てて、27〜28人の生徒に対して毎夜2時間の稽古をしていると述べている。

さらに慶應義塾『慶應義塾五十年史』(1907年)によると、明治12年には福沢の出資により、京橋区南鍋町(現在の銀座6丁目あたり)に簿記講習所を開設して、3年間で約500人の入学者を数えるに至ったという。

このように『帳合之法』は、まさに実学を重視した福沢の姿勢を体現した著訳書と位置付けるにふさわしい内容を持つものであった。

もっとも一般国民の立場からすると、政府によって改暦を断行され、福沢からは大福帳のやり方を改めよと言われ、「文明開化」も何かと大変ではある…。

   
【写真1】 『帳合之法 初編』巻之二 表紙
  (慶應義塾福沢研究センター蔵)
【写真2】 松田道之「第7代東京府知事 松田直之肖像」(『東京市史稿 市街編第63巻』より  ※写真は東京都公文書館蔵)

【参考文献】
小林惟司「福沢諭吉と『帳合之法』」『福沢手帖』第70号 福沢諭吉協会 1991年

著者プロフィール:日朝秀宜(ひあさ・ひでのり)
1967年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得退学。専攻は日本近代史。現在、日本女子大学附属高等学校教諭、日本女子大学講師、慶應義塾大学講師、東京家政学院大学講師。
福沢についての論考は、「音羽屋の「風船乗評判高閣」」『福沢手帖』111号(2001年12月)、「「北京夢枕」始末」『福沢手帖』119号(2003年12月)、「適塾の「ヲタマ杓子」再び集う」『福沢手帖』127号(2005年12月)、「「デジタルで読む福澤諭吉」体験記」『福沢手帖』140号(2009年3月)など。
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