発光する希望の結晶体
港 千尋
(写真家、批評家、多摩美術大学教授)
シモーヌ・ヴェイユは20世紀が生みだした思想の奇跡である。暗い時代の底へ降りたひとりの女性が、その手でつかみだした稀有の言葉の数々はいまもわたしたちを刺激してやむところがない。けっして幸福とは言えないその短い生涯に残された言葉を丁寧にたどりながら、本書はこれまでのヴェイユ像とは大きく異なる、美と詩をその基底で擁護する者としての思想家の姿を描くことに成功した。
プラトニズムについて、また日本思想との関係について、独自の視角から試みられるアプローチが新鮮であるが、日本語で書かれたこの本の魅力のひとつはそれらの研究のあいだに置かれたエッセイにある。宮崎アニメやゴダールなど一般によく知られた映画について描かれたエッセイは、どれも独立した映像論としても読める高い密度をもっている。ヴェイユの思想が、映画を見ることにおいて、強いパッションとともに実践されている。読者は映画館の暗がりのなかに、わたしたちとともにヴェイユが座っているような、スリリングなひとときを味わうだろう。
本書はシモーヌ・ヴェイユという結晶体のなかから、イメージの問題系を取り出し本質的な思考を与えた点で、思想に新しいページをひらいた。その意味で、本書は哲学研究を超えて、ひろく創造の現場で仕事をする人々に、美と抵抗を実践する人々にも、もういちどヴェイユと出会うための魅力的な場所となるだろう。ふたたび暗き時代の重い地層のなかへ沈もうとする世界にあって、わたしたちの精神を支え勇気を与えるのは、結晶からの微かな光である。彼女は生きている、いまここで、わたしたちとともに。
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