小此木 政夫氏による「日韓関係の新しいイニシアティブ」を掲載中!
日韓関係の新しいイニシアティブ 『朝鮮半島の秩序再編』(小此木 政夫、西野 純也 編著)| 慶應義塾大学出版会
 
 

朴槿恵、金正恩政権下の朝鮮半島はどこへ向かうのか?

   

日韓関係の新しいイニシアティブ 『朝鮮半島の秩序再編』(小此木 政夫、西野 純也 編著)| 慶應義塾大学出版会

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慶應義塾大学東アジア研究所叢書

朝鮮半島の秩序再編

    
 
    
小此木 政夫 編著
西野 純也 編著
    
A5判/上製/288頁
初版年月日:2013/03/21
ISBN:978-4-7664-2016-6
定価:3,990円
  
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▼南北朝鮮と周辺国の新しいリーダーによる地域秩序の再編はどのような形になるのか。
政権交代期の朝鮮半島をめぐるアジア秩序を解き明かすアクチュアルな一冊。

▼2012年、北朝鮮で金正恩政権が誕生、韓国では朴大統領が政権につき、その任期 中には戦時作戦統制権が米軍から韓国軍に返還されることが予定されている。ま た米国のオバマ大統領再選や中国の習主席就任、日本では安倍政権の誕生など周 辺各国でも大きな動きがみられる。

▼この変革期における朝鮮半島情勢を、1990年代後半から今日までを視野において分析し、変革後の秩序再編の方向性について、政治・経済・国際関係の各分野の研究者が展望する。

 

 

 
 
「日韓関係の新しいイニシアティブ」(小此木 政夫)
   
     
     
 

日韓関係の新しいイニシアティブ



小此木 政夫
(九州大学特任教授、慶應義塾大学名誉教授)


 昨年(2012年)12月に日本で誕生した安倍晋三政権と韓国で発足したばかりの朴槿恵政権が直面する歴史的な役割は、李明博政権の最後の一年間に険悪化した日韓関係を修復するだけでなく、新時代の日韓関係にふさわしい外交イニシアティブを共同で開発することである。振り返ってみれば、1960年代の朴正煕政権と池田・佐藤政権による国交正常化や1980年代の中曽根政権と全斗煥政権による関係改善のためのイニシアティブは、いずれも冷戦ないし新冷戦と韓国の経済開発に対応する第一イニシアティブ、すなわち「安保優先」型イニシアティブであった。他方、金大中政権と小渕政権による日韓「パートナーシップ」共同宣言は第二イニシアティブ、すなわち村山談話を土台にする「過去反省」型イニシアティブであった。

 

 それでは、これら二つの「戦後イニシアティブ」と比較して、安倍首相と朴槿恵大統領はどのようなイニシアティブを発揮すべきだろうか。第一の「安保優先型」イニシアティブに関していえば、冷戦が完全に終結したのだから、いまや対ソ封じ込めは過去のものになったし、発展途上にあった韓国の経済開発や工業化もすでに完了した。残された課題は、北朝鮮によるミサイルの脅威にいかに対抗すべきかである。米国本土がICBMの射程内に収められる以前に日本はすでに実戦配備された中距離弾道ミサイル・ノドンに核兵器が搭載されるという脅威に直面することになる。したがって先進的なBMD(弾道ミサイル防衛)をはじめとする日米韓による厳密な防衛協力が必須になる。その意味では、昨年6月下旬に日韓がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の締結に失敗したことが惜しまれる。

 

 ただし、当然ながら、「安保優先型」イニシアティブによって、慰安婦問題を含む歴史問題が解決されることはない。この問題に関する韓国政府の立場は司法、NGOそしてメディアによって強く拘束されているし、総選挙の過程で村山、河野談話の見直しや新しい談話の検討を主張するなど、安倍政権もこの問題にすでに相当に深入りしてしまった。単純に論争を回避するだけでなく、第二の「過去反省・未来志向型」イニシアティブを発揮しながら、新しいイニシアティブを共同で探し当てるべきである。二人の指導者にそれができるかどうかは不明である。しかし、そのような努力なしに、2015年に到来する日韓条約締結50周年を乗り切ることは容易でない。韓国内では、増大する国力や中国の台頭を背景に、条約改正運動が高まり、それが韓国の中国への接近を促すかもしれない。日本外交にとって、それは大きなマイナスである。

 

 日本では、朴槿恵新大統領は「漢江の奇跡」の立役者である朴正煕元大統領の長女として知られている。また、安倍首相は朴大統領と親交のあった岸信介元首相を母方の祖父に持つ。そのために、二人の歴史的な因縁に期待する声も少なくない。しかし、韓国では、朴槿恵新大統領は胡錦濤主席や周近平総書記と会談した経験を持つだけでなく、中国語を学習する親中派の政治家と見られている。事実、政権発足前の2月10日、朴槿恵は中国政府の特使として訪韓した張志軍第一外務次官を温かく迎え、その強い要請に応じて、22日に金武星元議員を派遣した。これは朴次期大統領による最初の対外特使の派遣であった。朴と張の間では、中韓の歴史的、文化的な連帯感が語られ、国交正常化から20年が経過した関係をさらに飛躍的に発展させること、さらに中朝の緊密な関係によって北朝鮮の核・ミサイル開発や武力挑発を抑制することなどが主張された。

 

 安倍・朴槿恵時代の日韓関係は中国の大国化によって大きく影響されそうである。事実、韓国メディアや財界人との懇談会で、張志軍次官は日本の歴史認識や「右傾化」に対して、中韓が協力して対応するように呼びかけた。中国は明らかに韓国と提携して日本を牽制しようとしているのである。しかし、韓国の新政権がそれに応じれば、日本がそれに反発するだけでなく、海洋権益の積極的な拡大を図る中国が勇気づけられ、東アジアの安定は急速に失われるだろう。最近、ソウルと東京を訪問したキャンベル米国務次官補が「北東アジアはますます世界経済の操縦席になり、世界の成長のために著しく重要である。日本、中国、韓国の間の良好な関係がすべての関係国にとって最善である。」と指摘したように、米国もそのような事態を警戒している。しかも、その代償として中国が北朝鮮を統制できるとは思えない。それどころか、そのような混乱を利用して、北朝鮮は核ミサイルの完成を急ぎ、やがて対日接近を試みるだろう。

 

 安倍首相と朴槿恵大統領が推進する新しい外交イニシアティブには、アジアと太平洋を架橋する大きなビジョンが込められなければならない。日本と韓国は中国が被害者意識と大国主義を克服し、開かれた健全なナショナリズムの所有者として、東アジア世界の責任ある構成員になることを期待している。しかし、それを実現するためには、中国自身の努力だけでなく、日韓による新しいイニシアティブが必要とされるだろう。なぜならば、日韓には中国と米国の対立を緩和し、アジアと太平洋を架橋するという共同の戦略的役割が付与されているからである。もちろん、二つの世界を調和させるためには、世代を超える長いプロセスが必要とされるだろう。しかし、国家体制、産業構造そして地政学的条件を共有する二つの国家は、当然のこととして、目標、利益そして手段を共有している。世界は東アジアの安定を必要としているが、東アジアは日韓の連携を必要としているのである。

 

※Kurt M. Campbell, “East Asia and the Pacific: Press Stand-up at the Ministry of Foreign Affairs”, January 17, 2013, U.S. Department of State.

 

 

 
     
 
 
編著者略歴
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小此木 政夫
(おこのぎ まさお)

九州大学特任教授、慶應義塾大学名誉教授。法学博士。
慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。

     
 

西野 純也
(にしの じゅんや)

慶應義塾大学法学部准教授。
慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、
延世大学大学院博士課程修了、博士(政治学)。

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