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立ち読み  
編集後記  第67巻2号 2019年2月
 

▼近年、メンタルヘルスの分野では、援助希求行動に注目が集まっている。援助希求行動とは、その字義通り、苦しい時や困っている時に助けを求める行動のことを意味する。
 具体的には、こころの悩みや心身の不調を感じた時に、それを専門の医療機関やカウンセラーに相談することを指す。相談する相手は専門家とは限らない。家族や友人であっても良い。「ヘルプ・ミー!」と助けを求めたり、SOSを発信したりするのも、すべて援助希求行動である。

▼こう書くと援助希求行動は誰にでも可能な、当たり前のことのように思われるかもしれないが、ことはそう単純ではない。誰でも援助を求めることができるわけではない。ことに思春期の心理臨床では、そのような事例にしばしば遭遇する。自分の不調が分からない、いや、分かっていても、それを不調として認めないことがある。
 あるいは、自分が不調と分かっていても、それを誰にも相談したくない、仮に相談しても誰も助けてくれない、助けてくれるはずがないと思っている場合もある。周囲の身近な人たち、とくに大人に対する不信感が強いと、援助希求行動に消極的となる。しかし、その代わり、それを代償するような症状や言動が起きてくる。時に、それらは問題行動として周囲の目には映る。まさか無意識下に抑圧された援助希求の意思が、そこに隠されているとは思われないのである。

▼不登校やひきこもり、摂食障害、自傷、非行など、思春期特有の病態の臨床においては、まずは背景にある援助希求の意思を見出し、それを支え、促すことが支援の第一歩となる。無論、ずっと以前から心理臨床では様々な問題行動の意味とその背景に潜むものを見抜くことの大切さが指摘されてきた。しかし、現在、強調されているのは、援助希求行動そのものの育成と強化であろう。単に一人の支援者のみならず、周囲の助けてもらえそうな人たちに救いを求める能力(援助希求能力)を思春期が終わるまでに備えておくことは、これからの後の人生を生きてゆくうえで大きな力となる。人々とのつながりときずなを求める力を身に付けると言っても良いだろう。

▼今月号の特集は、援助希求能力がまだ発達していない思春期以前の子どもの問題に焦点を当てたものである。幼い子どもの場合、母親をはじめ安定した養育者とのアタッチメントを基礎にこころの安全基地が育まれることが援助希求能力の萌芽となると考えられている。もう少し年齢が上の学童期になると、しつけや教育によって援助希求能力の育ちが抑えこまれることも起きてくる。いわゆる「良い子」の危うさはそこにある。
 いずれにせよ、それらの問題は思春期以降の適切な援助希求行動のあり方につながってゆく。家族や地域の人々とのつながりが希薄になりつつある今日、援助希求能力の育成はさらに重要になっている。それは生きる力の一部なのだ。

 

(黒木俊秀)
 
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