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立ち読み  
編集後記  第57巻11号 2009年11月
 

▼7〜8月の、大学の夏期“休業”期間中は筆者らにとっては夏期“多忙”期間である。何が多忙かというと脳性麻痺を主とする運動障がいや知的障がい、発達障がいをもつ方々の宿泊集中療育キャンプに参加するからである。1週間、当事者・保護者・トレーナーの方々とまさに寝食を共にし、キャンプ地から一歩も足を踏み出すことなく、心身のリハビリテーションに没頭する。キャンプというと、テントを張って飯ごう炊飯、夜はキャンドルサービスのレクリエーションをイメージしてしまうが、それは大違い。少年自然の家、社会福祉施設、特別支援学校など様々な施設を利用して集中的なリハビリテーションに“没頭”するのである。私の仲間は7月、8月中にこの1週間を2回、3回と過ごす。他の大学教員はどんな夏休みを過ごしているのだろうと、一瞬、心をかすめることがないわけではないが、このキャンプは何度通っても、障がい児・者の支援に携わる我が身を顧みる新鮮な風を吹きこんでくれる。

▼今年のキャンプではこんなことがあった。中学生のお嬢さんが重度の知的障がいと脳性麻痺をもっておられ、キャンプに参加されていた。自発的な呼吸が時に難しく、酸欠状態になることも少なくないほどの状態だった。呼吸を楽にするために、車いすを押してお嬢さんの吸入に向かう途中、私と初めて対面されたお母さんは、暖かい笑顔で「美人とかほめてもらえるとこの子はとても喜ぶんですよ。いっぱい話しかけてくださいね」とおっしゃった。専門がら、重度の障がいをもっておられる方も、言葉のコミュニケーションは難しくても内的にとても豊かな情緒的体験をしているのだということを、学生に口酸っぱく語っている筆者は、そのお母さんの言葉を不遜なほどに、さも当たり前のように聞き流していた。

▼1週間の5日目まで酸素の血中濃度を測定しながらリハビリテーションに励んだ。話しかけても声をあげて笑ったり、言葉で応じたりなどの応答はほとんどなかった。理屈通りにコミュニケーションするのは難しいなぁと正直思わないでもなかった。ところがである。根っからのお父さんっ子とお母さんが話される、そのお父さんが6日目の朝にキャンプ地にいらした。するとである。お父さんが横に立っただけで、満面の笑顔、私たちには見せたこともないにこにこ顔を絶やさずに機嫌良く声を出しているのである。
 25年近く障がいをもつ方々と過ごしていながら、人を見る目の無さをほとほと反省し、自己嫌悪に陥った瞬間だった。単に、筆者のかかわりが“下手”なだけだった。筆者らがめざすこどもたちの“主体性”、“主動感”といった言葉は、美辞麗句であってはならないことをつくづく思い知らされた。今年も、夏期多忙期に携われて本当によかった。

▼障がいをもつ方々への支援のあり方は、まだまだ様々に追求していかねばならない現況にある。教育と医学の会では「発達障害者のライフステージにおける支援」と題して、11月28日(土)、福岡国際ホールにてシンポジウムを開催する予定である。ふるってご参加いただきたい。

(遠矢浩一)
 
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