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編集後記  第67巻1号 2019年1月
 

▼二〇一八年度が始まった春頃に、全国的なニュースとして東京で五歳の女の子が虐待死した事件が大きく取り上げられた。
 凄惨な虐待の実態とともに、亡くなった女の子が「ゆるしてください」と書いたとされるノートが報じられると、多くの人々の感情を揺さぶることになった。ちょうど大学で児童虐待に関する授業を行っていたこともあり、新聞記事等から事件を伝える機会があったが、やはり学生にとっても大きな衝撃を与える内容であったようである。

▼事件については、国と東京都、そして転居前の香川県による検証が行われ、十月にその報告書が公表された。
 そこで提言されているのは、児童相談所における安全確認やアセスメント方法の迅速化や徹底、自治体間の対応の差やケース移管・引継ぎ方法の明確化、警察や医療をはじめとした連携の強化などである。この提言をきっかけとして、一人でも多くの児童を救うための制度改革が進められてゆくことになると思われる。

▼振り返れば、現在の児童虐待に関する制度の設定や改正には、多くの重大な児童虐待事件の影響があった。二〇〇四年に大阪府で中学三年生男児が餓死寸前の深刻な状態で発見された虐待事件からは、児童相談所と教育機関との連携不足や、地域住民からの通告の受け止めの問題、子どもの安全確認における課題などが明らかになり、児童虐待防止法の第一次改正の大きな契機になったとされる。

▼二〇〇六年に福島県で三歳男児が暴行とネグレクトの末亡くなった事件では、立入調査に対する保護者の強い抵抗への対応が大きな課題であったとされ、臨検・捜索という強制的手段を創設することのきっかけとなった。
 同じく二〇〇六年の京都で三歳男児が餓死した事件では、虐待通告があったにもかかわらず児童相談所が直接安全確認を行っていなかったことが批判を受け、職員が通告後四十八時間以内に必ず児童を目視する「四十八時間ルール」が設けられることになった。

▼このように、代表的な事件だけでも枚挙にいとまがない。もちろん他にも多くの虐待死亡事例があり、幸いにも死亡に至らなかったとしても深刻な児童虐待の実態があり、その一つ一つから学ぶ姿勢を忘れてはならないだろう。

▼しかし考えれば、そのような一種センセーショナルな「大事件」が起こらなければ、虐待を受けている子どもたちの存在というのは、わが国では社会から目を向けられない問題と言えるのかもしれない。メディアでも日々多くの事件や情報が行き交う中で、冒頭に挙げた五歳の女の子の事件も、どこまで世の人の記憶に残っているだろうか。
 重大な事実が起こる前に、一人一人の子どもの安心・安全や子どもの持つ権利に対して敏感性を持つ社会であることを願うばかりである。

 

(小澤永治)
 
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