『カール・クラウスと危機のオーストリア――世紀末・世界大戦・ファシズム』(高橋 義彦 著)

カール・クラウスと危機のオーストリア

世紀末・世界大戦・ファシズム

 

第3回: 第一次世界大戦とクラウス

Stefan Zweig (1881-1942)

第一次世界大戦の真っただ中である1917年に、自作の戯曲『イェレミア』を上演するためスイスへ旅立った作家のシュテファン・ツヴァイクは、その途上でザルツブルクに立ち寄った。ハインリヒ・ラマシュという老政治家に会うためである。ラマシュは高名な国際法学者でハーグ会議でも議長を務めた経験があり、またハプスブルク帝国においてもフランツ・フェルディナントのアドバイザーとして活躍した保守派の政治家であった。
   

この席上、ツヴァイクはラマシュから驚くような発言を耳にすることになる。なぜならラマシュは、ハプスブルク帝国がドイツとの同盟から離脱すべきこと、また単独の協調講和(無併合・無賠償の講和)が必要であることを説き、さらに彼は、フランツ・ヨーゼフの死去に伴い新皇帝に即位したばかりのカール一世が、この路線を採用しようとしていることをほのめかしたからである。
   

「保守派」と「反戦」というと、多少奇妙な取り合わせと感じる方もいるかもしれない。しかし日本でも太平洋戦争末期に重臣グループが敗戦後の国体護持を考えて終戦を急いだように、戦争の継続による国内状況の悪化を憂慮する保守派が戦争反対に動いたとしても、それはさほどおかしなことではない。ラマシュの場合、ハプスブルク帝国に対するドイツの影響力の拡大やドイツ・ナショナリズムの興隆が非ドイツ系住民の反発を招き、中欧多民族帝国が解体の方向に向かうことを憂慮したのであった(そして実際ラマシュはハプスブルク帝国最後の首相を務めることになる)。
   

こうしたラマシュの反戦的立場を熱心に支持した知識人の一人がカール・クラウスである。クラウスは『ファッケル』誌上において、ラマシュが書いた論説記事や上院での平和演説を引用し、ラマシュの反戦的立場を支持している。本書第4章では、このクラウスのラマシュ論とラマシュの反戦思想の具体的な内容について紹介し、第一次世界大戦期におけるオーストリア保守派の反戦思想とはどのようなものであったかを探っている。
   

また第3章では、こうした「政治史」的文脈以外からも、クラウスの第一次大戦批判の独自性を論じている。「第一次世界大戦の原因は何か?」という問いは、世界大戦勃発から100年以上たった今日でも政治史上の重要な論点であるが、クラウスはこの問いに独特の回答を行っているからである。
   

クラウスは大戦勃発直後の1914年11月に、自身の講演会において、世界大戦の原因とは「マスメディア」に他ならない、と語っている。クラウスは排他的なナショナリズムや人々の好戦的な感情を煽るメディアの責任を追及し、それを背後で操る戦時利得者や軍部を批判した。クラウスは、人々がマスメディアの伝える言葉によって自らの意識を形成し、その作られた意識に基づいて次の行動に移るという、ある種の連鎖のメカニズムを問題視した。つまりメディアによる意識の操作を批判したのである。このメディア批判に基づいた戦争批判は、ヴァーチャル・ウォーの時代を生きるわれわれにとっても、重要な意義を持つものといえるだろう。

(高橋義彦)

 

  

『カール・クラウスと危機のオーストリア――世紀末・世界大戦・ファシズム』記事一覧

第1回 「カール・クラウスとは誰か?」(2016年4月8日 掲載)
第2回 「世紀末文化とクラウス」(2016年4月15日 掲載)
第3回 「第一次世界大戦とクラウス」(2016年4月22日 掲載)
第4回 「1920-1930年代のクラウス」(2016年4月28日 掲載)

  

 

『カール・クラウスと危機のオーストリア――世紀末・世界大戦・ファシズム』(高橋 義彦 著)

『カール・クラウスと危機のオーストリア――世紀末・世界大戦・ファシズム』(高橋 義彦 著)

▼オーストリア/ハプスブルク帝国の危機~ナチスの脅威に向き合い、それを乗り越えようとした孤高の言論人、カール・クラウス(1874-1936)の思想と行動を読み解くとともに、「世紀末」「第一次世界大戦」「ファシズム」という三つの時代における、オーストリア/ウィーンの政治思想・文化的状況を浮き彫りにする。

▼第一次大戦時には好戦的なメディアや政治家を、自らの個人評論雑誌『ファッケル』で厳しく批判したクラウス。ところが、解体した帝国からオーストリア共和国に再編成されたのち、彼はナチスから独立を守る擁護者としてのオーストリア・ファシズム=ドルフス政権への支持を表明する。彼の真意はどこにあったのか? これまで一見、政治的な解釈が難しいとされてきた彼に、本書はオーストリアの真の独立、「オーストリア理念」を追求する姿勢を見いだす。

▼建築家アドルフ・ロース、精神分析家フロイトや保守思想家ラマシュとの関係なども描かれ、オーストリアの世紀末から第二次大戦前夜までの文化的・思想的状況をも浮き彫りにする、注目の一冊。

■2016年4月23日書店にて発売!  本書の書籍詳細・オンラインご購入はこちら

  

書籍詳細

分野 人文書
初版年月日 2016/04/22
本体価格 3,600円(+税)
判型等 四六判/上製/288頁
ISBN 978-4-7664-2331-0
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著者 高橋 義彦 (たかはし よしひこ)

1983年北海道生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻後期博士課程修了。博士(法学)。慶應義塾大学・専修大学・國學院大学栃木短期大学非常勤講師。

主要著作:「エリック・フェーゲリンのウィーン ―― オーストリア第一共和国とデモクラシーの危機」(『政治思想研究』第12号、2012年)、共訳書にリチャード・タック『戦争と平和の権利――政治思想と国際秩序:グロティウスからカントまで』(風行社、2015年)。

  

 

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