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巻頭随筆

子どもの幸福とその感染力   島井哲志

 

 先日、大学の中に付属幼稚園の子どもたちがいるのを見かけました。よく見ると、子どもたちのおしりには、かわいいしっぽがぶら下がっています。おそらく発表会の練習なのでしょうが、子どもたちがキャーキャーと声をあげ、嬉しそうに集っているのを見るだけで、思わず口元が緩んでしまいます。

 電車の中で、お母さんに抱っこされている赤ちゃんに、じっと見つめられて笑いかけられている人がいます。この場合にはもっと強力で、ほぼ確実に、ほとんどの人たちが相手をすることになります。きっと何年もそんな顔をしたことがないのではないかと思える気難しそうなお年寄りが赤ちゃんに笑いかけているのを見るのは実に不思議です。

 このように、子どもたちの幸福には感染力があります。幸福が感染するのを媒介するのは、子どもらしい外見や高い声ですが、なかでも表情は強力です。幸福を媒介するのは笑顔で、笑顔を見ると、その人は笑顔になります。子どもの笑顔に特別な力があるということは、進化という観点からは、人間の子どもには特別に手厚い保護が必要であり、このために大人を引き付ける力が備わっているということかもしれません。

 そして、子どもの笑顔の恩恵を最も受けているのは両親であり、子どもの笑顔には育児のストレスを和らげる効果があることが知られています。親は、笑顔の子どもとの間で幸福感を共有し、そのつながりに守られて、子どもたちは健やかに育つことになるのです。

 この子どもたちの笑顔はどこからくるのでしょう。味覚刺激による表情の研究から、新生児でも甘い味を感じると笑顔を出現させることが知られています。生まれて間もない子どもたちにとっては、栄養を示す甘いものを食べることで笑顔を示すことは、その食べ物を提供される関係を強固にするでしょう。このように、食べることと笑顔には、大切な関係を形成すること、つまり、愛することの原点があります。スイートと言えば、大切にされる=大切にする関係にあるのは世界共通なのです。

 子どもも含めて人間にとって、幸福を感じることは、食べる経験を代表とする、心地よいことと密接につながっていると考えられます。おいしい料理が日々開発されていることに示されているように、大人になっても、食べることは幸せを媒介するものといえるでしょうが、その原点にあるのは、食べ物を誰かからもらうことで、大切にされていることを知るという点です。それは大人になっても同じです。

 さて、最近の研究から、小さな子どもも、誰かにものをあげることで幸福感が高くなるということが知られるようになってきました。その原型は、誰かに食べ物をあげるという行動だろうと思います。そして、誰かからもらって幸福になるという経験をすることで、自分が誰かにあげたいという気持ちとあげるという行動につながるのだと考えられます。

 このように考えると、赤ん坊に笑いかけられて思わず笑ってしまうという幸福の分かち合いの延長線上に、おいしい食事を用意して、親しい人たちと一緒に楽しく食べることがあると考えられます。人間にとっては、食事をおいしく食べることと、それを笑顔で分け合い、感謝することが、幸福を実現することを支える重要な要素なのです。多くの国々で、家族が集まることが少なくなっています。それを改善するプログラムも作られており、その一つはハッピー・ファミリー・キッチンという名前です。

 

 



 
執筆者紹介
島井哲志(しまい・さとし)

関西福祉科学大学心理科学部教授。専門は、ポジティブ心理学・公衆衛生学。関西学院大学大学院博士課程修了。博士(医学)。福島県立医科大学、神戸女学院大学、日本赤十字豊田看護大学等を経て二〇一六年より現職。著書に『ポジティブ心理学入門』(星和書店、二〇〇九年)、『幸福の構造』(有斐閣、二〇一五年)、『ポジティブ心理学を味わう』(監訳、北大路書房、二〇一七年)など。

 

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