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オリジナル連載

ケンブリッジ・ガゼット
ハーバード大学政治経済情報 栗原報告

第1回:ハーバード大学政治経済情報 栗原報告 No. 26
(2005年7月号)
 

 

■ 目次 ■



第26号(July 2005)



第27号(August 2005)
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第28号(September2005)
(PDFファイル)


第29号(October 2005)
(PDFファイル)


第30号(November 2005)
(PDFファイル)


第31号(December 2005)
(PDFファイル)


第32号(January 2006)
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第33号(February 2006)
(PDFファイル)


第34号(March 2006)
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第35号(April 2006)
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1. 初夏のハーバード・キャンパス
2. ケンブリッジ情報 (1) 全般的情報
3. ケンブリッジ情報 (2) 研究活動紹介
4. ワシントン情報 (1) 国際関係
5. ワシントン情報 (2) 米国政治

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1. 初夏のハーバード・キャンパス

6月9日に本学卒業式が終わりキャンパスは静けさを取り戻している。今年はいつもより春が短か過ぎたケンブリッジである。と同時に変な天気が続いた。時折、ここがニューイングランドかと疑う程蒸暑い日が続いたかと思うと、翌日には朝夕、息が白くなる程気温が下がった日もあった。20日を過ぎてようやくケンブリッジに相応しい爽やかな日になり、チャール川沿いの散歩も楽しくなってきた。さて、6月25日に成田に舞い戻り、7月14日にケンブリッジに戻る予定でいる。従って今回は出発直前の23日、小誌を発信する。

いつもの通り、(1)筆者が経験した興味深い出来事、(2)筆者の興味を惹いた研究活動、(3)ワシントン・ボストン情報としての国際関係、(4)ワシントン・ボストンで議論されている米国政治、以上4点を報告する。

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2. ケンブリッジ情報 (1) 全般的情報

ケンブリッジからの全般的情報として、今回は、名古屋で開催されている愛の地球博、ケンブリッジで楽しむ「食の万国博」と題して、筆者が感じたことを報告する。

名古屋で開催されている愛の地球博、ケンブリッジで楽しむ「食の万国博」

現在、7月13日に名古屋で講演する予定で、その資料作成に忙しい。その直前の7月11日には地球博に再び訪れる予定で、今度はゆっくり愛の地球博を見物しようと今から楽しみにしている。さて、小誌前号で、日本人フェロー主催の寿司パーティーを報告した。今度は、6月10日夜、中国人フェローがお礼として、北京ダック等美味しい中華料理で我々をもてなしてくれた。その夜、屈原と粽(ちまき)との関係や北京ダックで有名なレストランの全聚徳が東京の新宿に開店したこと等を彼等と話して楽しい時を過ごすことができた。また、筆者の中国語の発音がずいぶん良くなってきたと誉められて子供のようにはしゃいでいたが、日本人フェローが目を細めて筆者を眺めているのに気付き、大人気ないとチョッと恥かしく思った次第である。小誌で何度も報告しているが、ここケンブリッジは世界中から素晴らしい「ヒト」が集まってくる場所である。その「ヒト」と共に、世界の料理とお酒がここケンブリッジにも集まってくる。おかげで、ケンブリッジにいると「食の万国博」を体験しているような気分に陥る。最近、新たにベトナム出身のフェローが我がCBGに入って来た。現在、筆者は彼女からベトナム風お好み焼き(パイン・セオ)やベトナム生春巻き(ゴイ・クォン)の正しい発音を習っており、更には、アメリカ風にアレンジしたのではなく正真正銘のベトナム料理を教えてもらおうと考えている。また、ブラウン大学で金融経済に関して博士号を取得したばかりの美人のサルワ・ハンマミ女史はレバノン出身で、この夏、レバノン料理レストランに筆者を連れて行ってもらう予定になっている。こうして、「食の万国博」を体験すると、「食」を通じて、お互いの心が通じ合うかどうか、また、相手が信頼できるかどうかが分かってくる。信頼できる相手だと分かったその時から、我々は、初めて本音(中国語で、心里話)で議論ができるような気がする。日中両国がお互いに傷つけあう重苦しい歴史問題に関しても、本音で語り会えるような間柄になると、互いに、冷静でバランスのとれた判断が可能となってくる。そうしたなか、4月8日付『エコノミスト』「グローバル・アジェンダ」の記事「歴史は今尚傷つける(History that still hurts)」を、信頼できる中国の友人に見せ、天皇陛下と日本の首相が、中国に対して日本軍が犯した残虐行為に関して17回も謝罪している記述を示した時、彼等の表情は突然変った。彼等のなかでその事実を知らない人は数多い。小誌で、アンソニー・セイチ教授が中国における情報の自由な流れが無いことに懸念を示されていることに時折触れている。筆者は彼等を責める積りはない。ただ、確実に言えることは、彼等には、彼等の価値観に基づき判断する際に必要な情報が明らかに不足している。しかし、希望があるのは、彼等は英語を解し、英語情報に触れて、そのなかから彼等の価値判断に従って情報を選別する能力を持っていることである。

 

一方、我々も彼等を完全に批判できる立場に無いことも事実であろう。我々も或る意味で偏った情報に基づき判断を行っている。最近、広島・長崎の原爆投下問題を日本の友人と話した際、1995年に作成された映画『ヒロシマ(Hiroshima)』を知らない人が多いのに驚いた。この映画はできるだけ史実に忠実にと、原爆投下に至るまでの過程に関して、米国側、日本側の動きを時の流れに従って描いた映画である。日本側では、鈴木貫太郎首相を松村達雄が演じ、阿南惟幾陸軍大臣を高橋幸治が演じているが多くの日本の友人はこの映画の存在すら知らない。恐らく、興行的理由から、日本では「売れない」として上映されなかったのであろう。勿論、筆者はこの映画が描く「ヒロシマ」が史実とまったく一致しているとは思ってはいない。ただ、「一つの解釈」として捉えている。が、我々の持つ情報もやはり或る意味で偏っている。一時帰国した際、或るテレビ番組の中で、日本の学生が朝鮮半島での日本人の残虐行為に関し、学校で学ばなかったという理由で信用しないと発言した場面を目にした。その時、日本人の司会者は驚き、また、同席して黙って聞いていた韓国出身の女優の美しい瞳からは大粒の涙がとめどとなくこぼれ出ていた。「この問題については、今後も取り上げてよく考えてゆきたいと思います。」との司会者の言葉が今も耳から離れない。過去の事実とその解釈をどう扱うか、未来の悲劇を生まない知恵は何か、できるだけ情報の偏りを無くしつつ、できるだけ多くの人々が納得できるような行動と発言は何か、それらを今後とも考えてゆきたい。
さて、小誌前号でも紹介したスイス出身のフェローであるマーク・フェチェリン氏とそのガールフレンドであるドイツ人のハイティは筆者にとってワインと料理の教師でもある。彼等は白ワインの温度に厳密で、ティスティングの際、ソムリエに厳しい態度で臨む。消費者としての毅然とした彼等の態度に、筆者自身密かに憧れを感じている。また、まったくの奇縁としか思えないが、ごく最近、本校の近くにスイス料理店が開店した。今は、そのレストランで、スイス・チーズのラクレット(Raclette)の特徴、ジャガイモ料理のレシュティ(Rosti)の多様性、筆者にはほとんど馴染みが無かったスイス・ワイン等を教えてもらっている。酔いがまわるに従って英語にドイツ語が重なり合い、ワインはヴァインに、ウォーターはヴァサーに変ってゆく。嬉しいことに、この「食」を通じた国際交流で、ハイティは日本語を学ぶことを決めたらしい。中国の友人も、英語だけでなく日本語に興味を示してきてくれている。正しく、ラテン語の諺「酒の中に真理有り(in vino veritas/There is truth in wine.)」にある通り、ワインの中で本音を語れることは真に嬉しい。これからも、ラテン語の「真理(veritas)」を校章に懐く本学で、「食の万国博」を通じて心を許せる友と語り合い、「日本ファン」をできるだけ多く増やしたい。財布の中身と体重を気にしながらも、これは筆者にとって大事な願いの一つである。

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政学大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
 

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