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オリジナル連載

ケンブリッジ・ガゼット
ハーバード大学政治経済情報 栗原報告

第1回:ハーバード大学政治経済情報 栗原報告 No. 26
(2005年7月号)
 

 

■ 目次 ■



第26号(July 2005)


第27号(August 2005)
(PDFファイル)


第28号(September2005)
(PDFファイル)


第29号(October 2005)
(PDFファイル)


第30号(November 2005)
(PDFファイル)


第31号(December 2005)
(PDFファイル)


第32号(January 2006)
(PDFファイル)


第33号(February 2006)
(PDFファイル)


第34号(March 2006)
(PDFファイル)


第35号(April 2006)
(PDFファイル)

 

 

1. 初夏のハーバード・キャンパス
2. ケンブリッジ情報 (1) 全般的情報
3. ケンブリッジ情報 (2) 研究活動紹介
4. ワシントン情報 (1) 国際関係
5. ワシントン情報 (2) 米国政治

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3. ケンブリッジ情報 (2) 最近における研究活動の紹介

6夏休みに入った本学の活動は一服気味である。6月24日、本校にベトナムからファン・ヴァン・カイ首相が訪問されるので筆者も会合に誘われたが、生憎、ボストン出発の日と重なり、興味深い会合をまた逃すこととなった。6月26〜29日、ディヴィッド・エルウッド本校校長が日本を訪れる関係で、大阪と東京の公式日程すべてに同行する。26〜27日の大阪では関西経済同友会の方々と、27〜28日は、本校卒業生である塩崎恭久衆議院議員をはじめ本校卒業生の方々と会う機会を持つ。これについては機会があれば次号以降で報告したい。筆者自身は、現在、7月18日、ワシントンDCで、東京三菱銀行ワシントン駐在員事務所の竹中正治氏と共に講演する資料の作成と、夏の完成を予定している論文に集中しており、ケンブリッジ情報としての研究活動紹介は今回最小限にとどめる。まず、6月21日、本学ビジネス・スクール(HBS)と縁が深いビジネス・コンサルティング会社モニター・グループ英国支社のハリエット・エドモンズ女史が筆者のオフィスを訪れ、世界の起業家精神に関する調査を実施しているプロジェクトで如何に日本を捉えるかという点について議論した。同女史と彼女の同僚は、デンマーク、シンガポール、韓国、米国等の国における経営者個人の資質、財務戦略、税制、従業員の訓練制度等に関して各国比較を行っており、最近ロシアの調査を終えて、今回日本に対して取り組みたいとのことであった。筆者もこの調査には関心があり、できるだけ協力しようと考えている。また、同僚のフェチェリン氏は、デジタル著作権管理(Digital Rights Management (DRM))の分野における専門家である。彼は、論文「現在の状況と、それを変革するDRMという戦略的推進役について」を、インドの研究者が編著者となった『デジタル著作権管理: その概念と応用事例 (Digital Rights Management: Concepts and Applications)』(Le Magnus University Press, 2005)の中に発表している。最後に、筆者もブレイン・ストームに参画した報告書を紹介する。ランド研究所の欧州支社(RAND Europe)が、経済の低迷に苦しむドイツが今後どのような形で情報通信技術(ICT)を活用してゆくべきかという長期的な問題に関して報告書("Living Tomorrow: Information and Communication Technology in Germany in 2015")を作成した。最新の情報通信技術を駆使して、ランドの研究者と電子メールと直接面談による情報交換で完成した報告書をどのようにドイツの人々は受取るであろうか。今後の反応が楽しみである。

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4. ケンブリッジ情報 (1) 全般的情報

日中関係の難しさを語り合っている際、中国の友人に「お互いが『国ごと』引越しができたなら一度離れて冷却期間をおいて、また仲良くなれるかも知れないね。」と言ったことを思い出す。続けて、「中国が米国の辺りで、日本が欧州の近くに移れば良かったりして。」と冗談を言っていた。しかし、現実には、国は地理的に動けないし、また、たとえ日本が欧州に移ることができても、欧州憲法やEU首脳会談の推移からみて、日本が直面する国際関係の難しさはまったく変らない。周知の通り、5月27日、ドイツが欧州憲法を批准したが、2日後の29日にフランスで、また、6月1日にオランダで実施された国民投票で批准反対が多数派を占め、更には6日、英国が来春の国民投票を無期延期することを発表し、欧州政治は完全に混乱状態に陥っている。投票率が70%近くに達してフランス国民の関心の高さを示した国民投票直前、5月26日付『ル・ポアン』誌に掲載されたインタビュー記事「シモーヌ・ヴェイユの怒り(La colere de Simone Veil)」を読んで、この初代欧州議会議長の強い懸念と危機感を肌で感じた次第である。アウシュビッツを生き抜き、そこで家族を失った経験を持つ同女史が独仏を基軸とするEUの重要性を説く姿勢に改めて感銘を受けた。しかしながら、彼女の熱い語りかけも空しく仏国民は「ノン」と否定的な決断を下した。6月2日付『エコノミスト』誌はフランスに対して手厳しい。小誌昨年1月号で紹介した通り、2003年12月18日付同誌は「誰が欧州憲法を抹殺したか(Who Killed the Constitution?)」と題してシラク大統領を批判した。今度は、それ以上の辛辣な表題「シラク、愚か者(It's Chirac, stupid)」で、格調高い英語で評判の同誌が仏大統領を批判している。その中で、フランスのリーダーはグローバル経済から孤立して同国の伝統的社会モデルを維持するか、それともグローバル経済から孤立できないことを認めるかの二者択一に迫られていると同誌は主張する。続けて、1995年大統領就任時、雇用を最優先課題としながら、失業率が逆に上昇している点を指摘し、「フランスの問題の根源は、欧州でもなく、グローバル・キャピタリズムでもなく、反抗的な社会主義者でもなく、極右勢力でもない。それはシラク氏自身だ。」と痛烈である。最後は、ドゴール大統領が1969年の国民投票に失敗した際、潔く辞任した例を引き合いにだして、同大統領の辞任を迫っている。シラク大統領は国民投票の結果を受けて、ジャン=ピェール・ラファラン首相を更迭し、ドミニク・ドゥヴィルパン内相を首相に任命した。6月1日付『ワシントン・ポスト』紙が、「イラク戦争時の敵が仏首相に任命される(Iraq War Foe Named New French Premier)」と冷淡な表題でフランスの新首相任命を伝えるなか、同日の『ル・フィガロ』紙は、「ドゥヴィルパン氏、国民の信頼回復に百日を自らに課す(Villepin ≪se donne 100 jours≫ pour convaincre)」と題し、新首相の決意を伝えている。同首相は、保守与党の国民運動連合(Union pour la Majorite Presidentielle (UMP))のニコラ・サルコジ党首との団結力を強調しているが、筆者の周りにいる欧州の友人の多くは信じてはいない。また、6月14日付『ル・モンド』紙は、記事「ジャン=ルイ・ボルロー雇用・社会結束・住宅相、対個人サービス分野の雇用を3年間で50万人創出することに賭ける(M. Borloo parie sur la creation de 500 000 emplois de services a la personne)」を掲載したが、その記事を読んでいると同国経済の硬直性と雇用創出の難しさを改めて感じる。


仏蘭両国の国民投票を固唾を呑んで見守っていたのがドイツである。5月31日付『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙は、「EU諸国: ドミノ効果来たるか? (EU-Verfassung: Kommt jetzt der Domino-Effekt?)」と題し、憲法問題及び16〜17日開催のEU首脳会議に対する不安を分析し、フランスの国民投票の結果自体はEUの制度にかかわる危機を生じさせないとしている。しかしながら、この国民投票はそれよりももっと根深い問題、すなわち、政治的・心理的次元での危機を招き、一般市民はエリートに対する不信感をつのらせ、ますます懐疑的になっていることを指摘している。一般市民のエリートに対する反発に関しては、6月1日付『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事「仏蘭否決国民投票: 怒りの広がり(2 'No' Votes in Europe: The Anger Spreads)」と、6月2日付『ディー・ツァイト』誌の記事「エリートに押し寄せる地滑り的大変化(Erdrutsch gegen die Eliten)」が詳しく報じていて興味深い。特に、前者は、2003年に『フランス崩壊(La France qui tombe: Un constat clinique du declin francais)』を著した右派の異色評論家で、小誌昨年3月号でも触れたニコラ・バヴレ氏による最近の発言「反乱、民衆の一斉蜂起(an insurrection, a democratic intifada)」を引用しており、この記事が逆に欧州の友人の間で議論の的となっている。


エリート中のエリートとして行政大学院(Ecole nationale d'administration (ENA))で教育を受け、外交官であり、詩人であり、また歴史家でもある51歳のドゥヴィルパン氏は、フランスのエスプリの権化みたいな人物である。およそ1年前の2004年4月22日、『ル・モンド』紙に掲載された同氏のインタビュー記事を読んだが、その中で、同氏は尊敬している人としてフランスの政治家アリスティード・ブリアンを挙げている。ブリアンは、1928年、外相として当時のフランク・ケロッグ米国務長官と共に、パリで「ケロッグ=ブリアン不戦条約(the Kellogg-Briand Pact/the Pact of Paris)」を成立させた。尊敬するブリアンと同様に新首相は米国と友好的な外交関係を形づくることができるかどうか、新首相の独創性に期待したい。ドゥヴィルパン首相は、2003年に編著書として『(米国支配の現在とは異なる)別の世界(Un autre monde)』を、昨年は、著書として『鮫と鴎(Le requin et la mouette)』を出版している。さすが同首相はエスプリの精神を具えたフランス・エリートだと感じたのは、タイトルの付け方である。当然のことながら、批評家達は、獰猛で冷血な「鮫」が米国を、優しい鳥である「鴎」がフランスを示す比喩だと単純に推測しがちである。それを見越して、その単純な推測をさらりとかわすかのように、詩人ルネ・シャーの詩のタイトルから借りてきていると仏文学に通じた人にだけ分かるようにしているところが心憎い。だが、同首相は、「鮫」は勇ましい米国で「鴎」は優しいフランスであるとどうしても言いたいがため、男性名詞の「鮫」と女性名詞の「鴎」を対比したこのタイトルを選んだ感がある。正しく、くやしくなるぐらい「キザ」でエレガントにひねったタイトルの付け方と感心した次第である。因みに、筆者自身、原典を探そうと本学図書館で検索したところ、シャーの本が118冊もあることを知った。どの本の中にこの詩があるのか自分で探すには時間的制約上断念し、フランスの友人に聞くのが最短の道と思っている。

 

ドイツではシュレーダー政権の陰りが目立つなかで、5月30日、キリスト民主同盟(Christlich Demokratische Union (CDU))党首のアンゲラ・メルケル女史が野党側の首相候補として選出された。小誌昨年7月号で、6月3日付『エコノミスト』誌が記事「(フランス語で)ボクは愛しているよ。(ドイツ語で)私は愛してないのよ(Je t'aime, ich auch nicht)」の中で、独仏関係の歪みを予告したことを紹介した。確かに、外交政策では親米路線、経済政策では市場原理重視を採るメルケル女史が首相に選出されると独仏間の亀裂が生じる危険性がでてくる。協調するか対立するかは別としても、独仏両国は共に経済改革が必要である。経済協力開発機構(OECD)は、6月16日に発表した報告書(Economic Survey of France)の中で、フランスの財政赤字は今年GDP比3%を超え、来年、低下したとしてもそれは極めて僅かにとどまるとの見通しを立てている。また、ドイツ連邦経済諮問委員会(通称、五賢人委員会/Sachverstandigenrat)の判断を引用しつつ、5月29日付『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙は、所謂「福祉国家的社会保障(cradle-to-grave social protections)」を完全に諦めて、「アングロ・サクソン世界における残酷な資本主義(?Raubtierkapitalismus" in der angelsachsischen Welt)」へと一足飛びに制度改革しなくとも、同じ「アルペン派(die Alpenrepublik strome)」であるオーストリアやデンマークを模範として「折衷型の成功(Erfolg hybrider Modelle)」を探る道があることを主張している。

筆者自身は、独仏首相に対して、6月1日付『ル・フィガロ』紙がドゥヴィルパン首相のテレビ演説を評した記事「より大胆不敵に、より創造力を発揮して(≪plus d'audace, plus d'imagination≫)」のタイトルが示すような独創的なリーダーシップを期待している。紙面の制約上、EU首脳会議には触れないが、今回独仏両国の動きに関して情報交換している際、5月23日付『デァ・シュピーゲル』誌の記事「麻薬のLSDよりも極右のネオナチ(NPD statt LSD)」と題した記事を教えてもらった。フランスと並んで雇用創出に苦しむドイツ政府は、5月31日、5月の失業率を発表したが、旧西独が9.7%、旧東独は18.9%であった。5月7日付『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載されたドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラスの小論「最も厳粛な世代(The Gravest Generation)」の中の言葉「ドイツ統一は本質的には失敗であった(German unity has essentially been a failure.)。」が筆者の心に今尚重く残っている。旧東独地域の経済的停滞は深刻である。こうした苦しい経済的背景からか、旧東独地域を中心にネオナチのドイツ国家民主党(Nationaldemokratische Partei Deutschlands (NPD))に対する人気が若者の間に広がっている。彼等は慎重かつ思慮深い行動としてNPDに入るのではなく、音楽やファッションという軽い気持ちでネオナチに参加している。同誌によると、現在、違法の極右思想を持つロックバンドの人気が高まり、そのCDが88セントで販売されているという。何故88セントかというと、アルファベットで8番目が「H」であり、「ハイル・ヒットラー(Heil Hitler)」の略が「HH」であるからである。ネオナチ思想と、不良であることに惹かれる若者心理が重なりあって現在のNPD人気があると専門家は分析している。すなわち、「昔は麻薬(LSD)、今はネオナチ思想(NPD)」という訳である。これに対する措置として、連邦政府は極右思想封じ込めのための「品位ある者の抵抗(Aufstand der Anstandigen)」プログラムとして1億8千万ユーロの予算を2006年までに組んでいるという。小誌昨年5月号でも触れたが、欧州における反ユダヤ主義の広がりに我々も留意する必要があろう。小誌昨年12月号で、ヒットラーの最期を描いた映画『陥落(Der Untergang)』に対する独仏の反応の対比を紹介したが、ヒットラーの亡霊は未だに欧州に漂っているという感を強めている。ヒットラーと言うと、著作『わが闘争(Mein Kampf)』は、我々の歴史にとっても重苦しい記憶の中にある。英訳と原書しか読んでないので筆者仮訳で恐縮だが、第11章「国民と人種(Volk und Rasse)」を読むと、アーリア人のみを「文化を創造する人種(Kulturbegrunder)」とし、日本人を「文化を身に付ける人種(Kulturtrager)」としている。当初、日本語版は日本を卑下した部分が削除されて訳出出版された。当時、原書で読めた日本人は少なかったであろうが、本学図書館で調べると、完全英訳版は1939年に出版されている。1939年と言えば、真珠湾攻撃で太平洋戦争に突入する2年前である。駐在武官として在欧経験を持つ井上成美帝国海軍航空本部長(当時)等一部を除き、帝国陸海軍の情報将校及び産官学のエリートは、同盟国ドイツの思想、特に、日本を対米牽制用の道具としか考えていなかった独裁者ヒットラー総統の「日本を見下した」思想について良く知ろうと何故努力しなかったのか、また、最新で正確な「情報」をどうして重視しなかったのか。今考えても残念でならない。筆者が尊敬する岡崎久彦大使は、『陸奥宗光とその時代』の中で、帝国陸軍が日露戦争後、「戦略」を重視せず、従って、「情報」を重視せず、その結果「戦略的白痴状態」に陥った結末を述べられている。原則として原語による情報収集の重要性を改めて認識し、我々は情報収集に関して同じ過ちを繰り返さないよう銘記したい。


因みに、スタンレー・ホフマン教授やサミュエル・ハンチントン教授と共に欧州比較政治学を教えている本学欧州問題研究所(CES)のシンディ・スカッチ教授は、欧州憲法に関する著書『国民の憲法(The Constitution of Peoples)』(Harvard University Press)と『憲法の編纂を過去の独仏憲法に学ぶ(Borrowing Constitutional Designs: Constitutional Law in Weimar Germany and the French Fifth Republic)』(Princeton University Press)を近く出版する予定である。また、スカッチ教授は、本年3月、専門誌(Journal of Common Market Studies, March 2005)に、「我々は複数の国民か?: EUの憲法化を問いただす(We, the Peoples? Constitutionalizing the European Union)」を発表している。次に、紙面の都合上、簡単に紹介するが、欧州問題に関して、ワシントンDCに在るアメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(AEI)で、会合が2回開催された。第1回目は、6月2日、「欧州経済: 憲法無しで改善可能か? (Europe: Better Off without a Constitution?)」と題し、新大西洋イニシャティブ(New Atlantic Initiative (NAI))のラデク・シコルスキー氏が司会者となり、国際経済研究所(IIE)のアダム・ポーゼン氏等が討論をしている。第2回目は、「欧州型経済モデル: モデル・チェンジの時来たる? (The European Economic Model: Time for a Facelift?)」と題し、同じくシコルスキー氏の司会で、現在の税制・規制・福祉政策を維持したままで、欧州は「欧州病の象徴(emblems of Europe's malaise)」とも言うべき低生産性、低成長、高失業率を解決することが可能かという視点から、ジョージタウン大学のチャールズ・カプチャン教授等が討論を行っている。これに関連して、ブルッキングス研究所のフィリップ・ゴードン氏は、6月1日付電子版『ニュー・リパブリック』誌に小論「仏国民投票結果が米国にとって良くない理由(Why The French Vote Was Bad For America)」を掲載している。シコルスキー氏は、フランス国民投票の欧州憲法否決が米欧関係にとって良い結果を生むとし、「ネオコン」のウィリアム・クリストル氏も「フランス万歳(Vive la France!)」として、欧州憲法否決に対して米国の視点から高く評価しているが、この点に関し、著者であるゴードン氏は疑念を投げかけ、「もし米国がフランス政治を嫌いであったなら、国民投票後の混乱で、益々嫌いになるであろう」と予言めいた発言をしている。そして、内部的に混乱したEUは、旧東欧諸国の民主化、経済的な安定と繁栄を推進することができず、それは米国にとって頭をかかえさせることになると同氏は主張している。また、2日には、ブルッキングス研究所で、「ボーイング=エアバス貿易摩擦 (The Boeing-Airbus Trade Dispute: Implications for Transatlantic Relations and Global Trade)」と題した会合が開催された。12月に開催予定のWTO香港閣僚会議に向け、EU政府の代表者や『ナショナル・ジャーナル』誌のブルース・ストークス氏等がエアバスの市場占有率が上がって、再び提訴合戦の様相を示し出したこの問題に関して、論点整理した議論が行われた。


国際関係に関しアジアに目を転じると、シンガポールで、6月3〜5日、同国政府及び英国の国際問題戦略研究所(International Institute for Strategic Studies (IISS))が共同で「2005年IISSシャングリラ・ダイアローグ」を開催した。2002年から毎年開催されている同会合では、シンガポールのリー・シェンロン首相がキー・ノート・スピーカーとして参加し、ドナルド・ラムズフェルド米国防長官が第一全体会合「テロとの戦いを越えた米国及びアジア太平洋地域の安全保障(The US and Asia-Pacific Security beyond the War on Terrorism)」で講演し、また、第三全体会合「大量破壊兵器問題に対する外交政策と抑止政策(Responding to WMD Challenges in the Asia-Pacific: Diplomacy and Deterrence)」では、我が国の大野功統防衛庁長官と韓国のユン・クァンウン(尹光雄/???)国防部長官が演説を行った。大野長官は、戦後60年を迎えて我が国が「平和を愛する国家(a peace-loving nation)」という概念だけでなく、「平和を支える国家(a peace-supporting nation)」となることを述べている。続けて、昨年末に定めた「防衛計画の大綱(National Defense Program Guidelines)」の中の専守防衛、日米同盟、国際平和協力活動を説明している。同長官は、最後の締めくくりの言葉として仏教の教えである「自利利他("JiRi-RiTa": "Benefit others, and you will benefit from them also.")」を引用し、日本の防衛政策を説明した。筆者が最初にこの大野長官の講演資料を読んだ時、「ジリリタ」を漢字の「自利利他」だと即座には判断できなかった。しかし、今は素晴らしい言葉で総括されたと感心し、小誌前号で紹介した故高坂正堯京都大学教授の『国際摩擦: 大国日本の世渡り学』の中の言葉「政治の要諦は、自らの利益の追求を、できるだけ多くの他者の利益になる形で、いかにしておこなうかということになる。」を思い出していた。

 

「2005年IISSシャングリラ・ダイアローグ」では、日米中をはじめ関係諸国の高官は友好的な歓談を楽しんだであろう。が、そのままこの地域の平和が保障される程現実は甘くない。同会合でラムズフェルド国防長官が中国のミサイル配備に警戒している旨の発言をしたが、その直後の6月16日、米国を刺激するかのように、中国海軍が大連沖の黄海で新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)巨浪2型の発射実験を実施したとのニュースが入ってきた。数年後にはこのミサイルを装備した新型潜水艦が西太平洋に配備されるとなると、東アジアも随分物騒な世界となりそうである。加えて、中印両海軍が今年秋に合同演習を計画しているらしい。将来におけるアジアの平和と繁栄は極めて不安定としか筆者の目には映らない。因みに、ワシントンDCでは、6月15日に、AEIで「中国、台湾、そしてアジア: 経済が政治を変えるか? (China, Taiwan, and Asia: Is Economics Reshaping Politics?)」と題した会合が開催され、AEIのダニエル・ブルメンソール氏が司会者となり、国防大学(NDU)のフィリップ・サンダース氏等が討論を行っている。また、6月14日付『USニューズ&ワールド・レポート』誌に、外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース氏が、「中国に如何に対処するか(What to Do About China)」という小論を掲げ、米国は、朝鮮半島問題、台湾海峡問題、そして貿易摩擦で台頭する中国と対立コースを辿っていることを指摘し、中国の民主化の難しさにも触れて米中対立を懸念している。だが、同氏は最後に米中関係が冷戦状態になると、国内的・世界的に経済的利益と政治的安定性を失うと警告している。


朝鮮半島も動静把握が難しく、依然として目が離せない。周知の通り、ピョンヤン(平壤)での「6/15民族統一大祝典」後の17日、チョン・ドンヨン(鄭東泳)韓国統一相は、キム・ジョンイル(金正日)総書記とテドンガン(大同江)迎賓館で会談した際、総書記から6ヵ国協議に7月中にも復帰するとの発言を得たが総書記がどこまで本気かは誰も分かるまい。朝鮮半島問題に関しては、6月9日付電子版『イェール・グローバル』に、ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン氏が、「急募: 北朝鮮問題のロードマップ(Wanted: A Roadmap for North Korea)」を発表し、現在の核問題のみに集中しているアプローチ(nuclear-only approach)が狭すぎるとし、嘗てのベトナムに対して採ったように、交渉戦術を北朝鮮の経済・社会改革に対する協力まで広めるよう提言している。そうすることによって、もし北朝鮮がそれに応じなければ、逆に強硬戦術に転じた時にその有効性が増し、米国が「要求を高める(up the ante)」ことができるとしている。この中で、2003年8月に朝鮮半島和平担当特使を突然辞任し、同月26日に正式にブルッキングスに加わったチャールズ・プリチャード氏が、米朝二国間協議は6ヵ国協議を補完する点を主張しているが、そうした交渉方法よりも同氏の提唱する交渉アジェンダの方が重要と言っている点に興味が惹かれた。また、AEIのニコラス・エバーシュタット氏は、5月31日付「ネオコン」系『ウィークリー・スタンダード』誌に「脱北者を迎え入れよ(Bring Them Home)」と韓国政府に対し、脱北者に対する優遇措置の拡大を要求している。紙面の制約上、タイトルだけにとどめるが、朝鮮半島の核に関して2003年に『北朝鮮の核問題(Nuclear North Korea? A Debate on Strategies of Engagement)』を出版したダートマス・カレッジのディヴィッド・カン教授と国家安全保障会議(NSC)のヴィクター・チャ日本・朝鮮部長が『フォーリン・ポリシー』誌5/6月号に「再考朝鮮半島危機 (Think Again: The Korea Crisis)」を発表している。また、5月1日、『餓鬼―秘密にされた毛沢東中国の飢饉(Hungry Ghosts: Mao's Secret Famine)』(1998 (邦訳1999年))や『中国人(The Chinese)』(2002)等の著書でアジア通のジャーナリストとして知られるジャスパー・ベッカー氏が、『ならず者体制: キム・ジョンイルと北朝鮮の迫り来る脅威(Rogue Regime: Kim Jong Il and the Looming Threat of North Korea)』 (Oxford University Press)を出版している。


経済分野に目を転じても中国が「台風の目」となっている。6月は、欧州の事情に関する情報交換を多く持ったが、それでも、6月16日付『ディー・ツァイト』誌の「世界は中国になってしまうか?(Wird die Welt Chinesisch?)」の表題が示す如く、日米欧いずれの視点からも中国は関心の的である。記事の中では、北京大学光華管理学院の張維迎教授の発言「我々の使命は国際競争力である(≫Unsere Mission heist internationale Wettbewerbsfahigkeit≪)」を引用し、小誌昨年6月号で紹介したように、経済の低迷で「国際競争力」に過敏になっているドイツを刺激している。また、復旦大学の殷醒民教授は、「60%の中国人、8億人は未だ農村部に住んでおり、その中から毎年1千万人が都市へと移動する(60 Prozent der Chinesen, 800 Millionen Menschen, leben noch auf dem Land, zehn Millionen von ihnen ziehen jedes Jahr in die Stadt)。」という事実を指摘し、「都市化が需要を創造する(≫Urbanisierung schafft Nachfrage≪)」かたちで、中国の持続的成長を説明している。さて、6月10日、米商務省が発表した4月の貿易赤字は、季節調整値で570億ドル、調整前で601億ドルであり、調整前の主要国別赤字幅は中国が147億ドル、EUが118億ドル、日本が72億ドル、OPECが71億ドルである。特に、中国からの繊維製品輸入は年初からの累計で前年比52%増を記録し、中国との貿易摩擦は不可避の状況である。日米貿易摩擦では、日本バッシングの最右翼の一人であったクライド・プレストヴィッツ氏が『30億人の新たな資本家達(Three Billion New Capitalists: The Great Shift of Wealth and Power to the East)』(Basic Books)を、5月3日に出版した。同氏は、中国、インド、そしてロシアを含む旧東欧諸国の新たな資本家達が米国経済にとって脅威となるとでも言うのであろうか。1980年代後半、筆者はジョージ・ワシントン大学(GWU)のヘンリー・ナウ教授と共に東京で国際会議の準備をした経験がある。その時、米国にはマサチューセッツ工科大学(MIT)のリチャード・サミュエルズ教授、AEIのクロード・バーフィールド氏、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)のマイケル・ボーラス氏、ケイトー研究所のウィリアム・ニスカネン所長に招待状を出した。生憎、ニスカネン所長は急病で来日できなくなり、ナウ教授がプレストヴィッツ氏を次の候補者として挙げたが、筆者は丁重に断わった記憶がある。誤解を招くことも厭わない覚悟で述べるなら、単に外国人だからといって、情報の質も考えずに我々が鵜呑みにするのは大変危険だと常々考えている。因みにプレストヴィッツ氏の著書に対する『エコノミスト』誌の書評も冷たい。参考までに、同誌が挙げたもう2冊の中国関連の文献を紹介すると、香港大学のマイケル・エンライト教授による『強力地域集団: 珠江デルタと中国の台頭 (Regional Powerhouse: The Greater Pearl River Delta and the Rise of China)』 (John Wiley)と、ロンドン・ビジネス・スクールのドナルド・サル教授による『メイド・イン・チャイナ: 猛烈な中国企業家から何を学ぶか (Made in China: What Western Managers Can Learn from Trailblazing Chinese Entrepeneurs)』 (Harvard Business School Press)である。このほか、紙面の制約上タイトルを指摘するだけにとどめるが、『フォーリン・ポリシー』電子版6月号にカーネギー国際平和財団(CEIP)の中国法律問題専門家ヴァーノン・ハン女史による「中国の海賊版に合法的に戦う方法(Fighting China's Pirates, Legally)」と、6月16日付『フィナンシャル・タイムズ』紙に本校のリカルド・ハウスマン教授が掲載した「中国は貯蓄率を低下させるべき(China Must Reduce Its Excessive Savings Rate)」は興味深い小論である。


さて、小誌5月号で、チャールズ・ウィルソンが、アイゼンハワー政権の国防長官就任直前、連邦議会上院軍事委員会で指名承認のため証言した際の有名な言葉「長年私は、我が国に良いことは、GMにも良いことであって、その逆も真であると考えていた。両者は一体である(For years I thought what was good for our country was good for General Motors, and vice versa. The difference did not exist.)。」を引用した。これをもじって、ブルッキングス研究所のグレッグ・イースターブルック氏が「GMに悪いことは・・・(What's Bad for G.M. Is . . .)」と題した小論を6月12日付『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載している。冒頭、同氏は、「さて、GMに悪いことがこの国に良いことであろうか(So, is what's bad for General Motors good for the country?)。」と問いかけ、続いて、「俗流経済学は、市場競争は小さいモノを押し潰すと考えるが、実際には、業界の『親分』が食われてしまうのである(Pop-culture economics assumes that competition crushes the little guy, but in practice it's often the big enchilada that gets eaten.)。」と解かり易く論を進めてくれる。すなわち、熾烈な国際競争こそが、製品の価格を下げ、製品の質を高め、消費者が市場競争の利益を享受することができることを同氏は明解に説明している。こうした質の高い情報を提供してくれる専門家にこそ我々は耳を傾けるべきであろう。

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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政学大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
 

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