Web Only
ウェブでしか読めない
連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第11号(2007年4月)
 

 

■ 目次 ■

 

組織設計と社会制度設計の重要性

話は変りますが、米国初の地下鉄網の地であるボストンにようやく自動改札が導入されました。その自動改札システムは、チケットの購入方法、改札を通り過ぎる時のタイミングの取り方等の点でどう贔屓目に見ても日本より劣っていると思います。マサチューセッツ州の交通当局の人々は導入前にどうして十分検討をしなかったのかと不思議でなりません。以前はトークンという地下鉄専用のコインを投げ入れるという原始的ですが簡単な機械的なシステムでした。従って単純ですが現在のように磁気カードが適切に反応しないといったような技術的に高度な電子的不具合はありません。この意味でボストンの地下鉄のシステム設計は、大きな問題があります。加えて私の個人的問題からボストンの地下鉄は私にとって大変不便なものとなりました。私の紛失癖をThe Cambridge Gazette一昨年10月号で触れましたが、私は今年に入って既にプリペイド式の磁気カードを3度も紛失しております。従って何時カードを失っても良いように私は乗車直前に最低料金1ドル70セントだけをチャージすることにしていますので、新システムは私にとって効率性向上に役立っていません。加えて、以前、上述のトークンを幾つか「買い置き」していましたが、それらが机の引出しの中や部屋の隅に隠れてしまい、未だに発見しておりません。かくしてボストンの地下鉄システム変更は私にとっては経済的には特別損失の計上となりました。

この例でもお分かりのように、「組織」であれ、「社会」であれ、そのシステムないし制度の設計を誤りますと、個人の「組織」内での働きぶりや「社会」への参加が著しくそこなわれ、たとえ「個人」が如何に優れていたとしても、「個人」・「組織」・「社会」が、中長期的な観点で優れた成果と満足を得られないことになります。例えば、福澤諭吉先生は、『文明論之概略』の中で、西洋社会の議論は、「衆論」という「社会」の制度設計が優れているが故に、西洋人の個々人の才能に不釣合いな高尚な議論を展開していることを指摘し、「西洋諸国に行わるる衆論は、その国人各個の才智よりも更に高尚にして、その人は人物に不似合いなる説を唱え不似合いなる事を行う者と言うべし。右の如く西洋の人は、智恵に不似合なる銘説を唱(となえ)て、不似合なる巧を行う者なり。東洋の人は、智恵に不似合なる愚説を吐(はき)て、不似合なる拙を尽くす者なり」と述べています。また、山本七平氏の『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』の中に、敗戦後、捕虜となった日本兵と彼等を看視する米兵との知的水準を比較する箇所があります―米兵には自分の名前すら書けない者が多く、更には英語の発音にしても米兵によってはかなりいい加減な者がいたそうです。そうした米兵がインテリの日本兵に発音の誤りを指摘されて憤慨し、最終的には米国の将校に判断してもらうことになりました。その結果は日本兵の方が正しかったそうです。こう考えますと、太平洋戦争時、米国は、自分の名前すら書けない者も含めた兵士を、作戦遂行のための貴重な人材として如何に効率良く活用するかを考え、それに適した「組織」の設計に注力したのではないでしょうか。随分前に読んだ本なので本の題名すら忘れてしまいましたが、米軍は命令の伝達に関する正確性を重視し、戦争中命令文を短くするよう定めたそうです。こうして米軍の将兵は平均的には「ヒト」として劣っていたかも知れませんが、試行錯誤を通じて設計された「組織」が後押しする形で、個々の「ヒト」としては優れた日本軍に対して、「個人」としても勇敢に戦ったのではないでしょうか。

戦争中、帝国海軍航空隊の参謀を務めた奥宮正武氏は、米軍将兵の勇敢さを、米国の優れた「組織」に絡めて、『真実の太平洋戦争』の中で記しています―「米陸海軍の飛行機搭乗員を … 勇敢にさせたのは、私が最前線で見た限りでは、必ずしも各個人の精神的な強さばかりではなく、全般の作戦が順調で、前途に希望をもっていたからのようであった。従って、第一線の軍人を真に勇敢にさせる主な方法の一つは、できる限りそれにふさわしい環境をつくってやることである、と感じた次第である。(当時の日本軍のような)自暴自棄的な勇敢は長続きしないからである。航空部隊の場合、そうさせるために必要なことは、よりよい飛行機を与えることであり、より優秀な搭乗員を補充してやることであり、よりよい爆弾や魚雷をもたせることであり、より強靭な飛行場をつくってやることであり、よりよい衣食住を準備してやることであり、より清潔な衛生環境をつくってやることであり、しかるべき時期に第一線の任務を解いてやることであり、功労者を速やかに表彰することなどであった。米軍は、陸海軍を問わず、戦争の経過に伴って、概ね前記の条件を満たすことが出来ていたようであった」、と。同時に奥宮氏は日本人の多くが歴戦の日本兵は勇敢だと思っているが、それは必ずしも正しくないと語っています。逆に第一線での勤務が長くなるにつれて勇敢さを喪失した将兵がいたそうです。その理由は帝国陸海軍の賞勲制度上、受ける褒賞に限界があり、一定の戦功を立てた者はそれ以上奮戦しても何も得られず、人情としては或る基準に達した後は、将兵が無理して戦わなくなったと語っています。

これまで軍隊の「組織」の話題を中心にしてきましたので、趣きを変えてみましょう。中根千枝女史の『タテ社会の人間関係』の中に、学術調査団という「組織」に関する国際比較があります。すなわち、欧州の「組織」は団長及び団員の属する大学は必ずしも同じでなく、「広く一般から調査団の目的にあっていると思う専門家を抜擢、招聘することによって構成される」のに対して、日本の場合は、団長が「長老格の教授で、その愛弟子ばかりを団員とした調査団」が「組織」として、「どんなに貧しい調査費でも、どんなに苦しい環境にあっても」、調査を遂行すると述べられています。そして、中根女史は、日本の「組織」を、「みんなの調査団」としてゲマインシャフト的と呼び、欧州の「組織」をゲゼルシャフト的と呼んでおられます。

ドイツ社会学会の祖であるフェルディナント・テンニエスの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(Gemeinschaft und Gesellschaft)』についてここで詳述しませんが、前者は英語では「community/共同社会」と訳されて、そこでは「個人」は、「本質意思(Wesenwille/ natural will)」と呼ばれる所属した「組織」の「価値観」に基づき行動し、後者は英語では「society/利益社会」と訳され、そこでは、「個人」は、「選択意思 (Kürwille/rational will)」と呼ばれる「思考」に基づき行動すると理解されています。お分かりの通り、どちらが良いかという問題でもなく、また一個人が複数のゲマインシャフトとゲゼルシャフトに属することも現実問題として考えられます。そして概念上、家族は完全なるゲマインシャフト的な「組織」でしょうし、国際的な学術団体は完全なるゲゼルシャフトです。紙面の制約上、詳述しませんが、日本の「組織」は、中根女史が挙げた学術調査団の例のように、一般的にゲマインシャフト的性格を有しています。繰り返しになりますが、それ自体、良いとか悪いとかは問題ではありません。ただ、グローバリゼーションが深化し、「ヒト」、「モノ」、「カネ」、そして「情報」が物凄い勢いで地球を駆け巡る時代になり、世界の企業や学術団体が、グローバルな形で、「適地適産」・「適材適所」・「適時適価」を本格的に展開している現在、日本の「組織」が@何時までそのゲマインシャフト的な性格を維持できるのか、また、Aゲマインシャフト的な強み、すなわち、どんなに苦しくても歯をくいしばりながら、目標を達成する「組織」の強みを如何なる形で持ち続けることができるのか、この問題は、私にとって大変興味深い知的関心事です。

これに関して、養老孟司先生のベストセラーの一つである『バカの壁』に興味深い記述があります―「(ゲゼルシャフト的な)機能主義というのは、ある目的を果たすために、人間の使い方が、この人はこれ、この人はこれ、という風に適材適所で決まってしまうことになる。当然、『あの人もいい人だから、希望の部署に行かせてあげたい』とか、『無能だけれど家族があるからクビに出来ない』といった物言いは通用しません。その機能主義と(ゲマインシャフト的で)共同体的な悪平等とがぶつかってしまうのが日本の社会です。それでどうなるかといえば、結局、日本の社会は長い目で見れば、機能しなくなって共同体になってしまう。機能主義に共同体の論理が勝ってしまうのです」、と。一流の学者である養老先生が仰っておりますので、私自身の心は穏やかではありません。いずれにせよ、程度の差こそあれグローバル時代に適合する形で、現在の日本の「組織」と日本の「社会」をより効率的に運営できるよう、設計変更を行う必要があります。ではその変更は「誰」が「如何なる形」で行うのでしょうか。勿論、それは皆様のような「志」が高く有能な「ヒト」です。皆様がリーダーシップを発揮され、現在の「組織」と「社会」に関して設計変更を行われることを期待しております。


※はこのサイトでは表示されない文字です。PDFファイルには表示されています。

 

続きを読む
著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
ブログパーツUL5

他ジャンル

ジャンルごとに「ウェブでしか読めない」があります。他のジャンルへはこちらからどうぞ
ページトップへ
Copyright © 2004-2005 Keio University Press Inc. All rights reserved.