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ウェブでしか読めない
 
オリジナル連載(2006年4月13日更新)

福沢諭吉の出版事業 福沢屋諭吉
〜慶應義塾大学出版会のルーツを探る〜

第14回:「福沢屋諭吉」三田へ!(その1)

 

目次一覧

前回 第13回
「福沢屋諭吉」の編集活動(その6)

次回 第15回
「福沢屋諭吉」三田へ!(その2)

本連載は第40回を持ちまして終了となりました。長らくご愛読いただきありがとうございました。

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 「福沢屋諭吉」が誕生したのは、明治2年のこと(この連載の第2・3回目をご参照のほど)。その当時、福沢諭吉と慶應義塾は芝新銭座(しばしんせんざ)に居を構えていた。それまでは特定の名称がなかったいわゆる「福沢塾」に「慶應義塾」と命名されたのがこの新銭座の地で、時に慶応4年(明治元年)。その敷地400坪余に100人程の塾生を収容できる塾舎が建てられ、本格的な英学塾が発足した。戊辰(ぼしん)戦争も一段落すると、政府による教育制度が未整備な中で慶應義塾の塾生数は次第に増加を続け、塾舎の増築や他の土地での分塾化といった対策ではとても対応できなくなってしまった。
※画像をクリックすると大きい画像が表示されます。
 そのような折、明治3年5月に福沢は発疹(はっしん)チフスにかかる。生死の境をさまよいながらも何とか快復したが、病後はなぜか地所の臭気が鼻につくようになった。元々、新銭座は湿地でもあったためこの機会に福沢家だけでも転居をと思い立ったところ、塾内からは塾も一緒にとの声が高まってきた。前述のように飽和状態にある塾の現状を考えると至極もっともな要望であるとともに、塾が福沢という一人の人物に密接で不可分の関係にあったことがうかがえる。そこで、皆で東京中の大名屋敷を探し回ったところ、いくつかの候補地が見つかった。それらの中でも福沢が特に目をつけたのが、三田(みた)の島原藩中屋敷(しまばらはんなかやしき)である。

 ところが実際に大名屋敷を手に入れるには、豆腐屋で豆腐を買うようにはいかない。まず所有者である島原藩松平家に対して政府から上地(じょうち)を命令し、一旦は政府の公有地とした上で、次にその土地を東京府を通じて福沢が借り入れるという手続きが必要となる。そこで福沢は、次の3人に目星をつけて積極的な工作活動を展開していった。

 まず一人目は、壬生基修(みぶ もとなが)。当時の東京府知事。実際に土地の貸借の際に窓口となるのは東京府であるから、そこの長をしっかりと押さえておく必要がある。次に二人目は、佐野常民(さの つねたみ)。この人物はかつて福沢が20代の頃に学んだ大坂の適塾(てきじゅく)の先輩で、当時は政府の兵部省(ひょうぶしょう)で兵部少丞(ひょうぶしょうじょう)という地位にあった。政府内部でも東京にある広大な大名屋敷の跡地利用をあれこれと考えていて、たまたま兵部省も三田の島原藩中屋敷に目を付けていた。その兵部省に昔の先輩を見出した福沢は、何とかその動きを阻止しようと働きかける。そして三人目は岩倉具視(いわくら ともみ)。当時は太政官大納言(だじょうかんだいなごん)。いわゆるVIPである。やはり最終的には、政府首脳に渡りを付けておく必要がある。明治3年10月20日、何と福沢は単身・紹介なし・予約なしでいきなり岩倉邸を訪問する。あいにくその日は岩倉が不在のため会うことはできなかったが、翌日には面談が実現して好感触を得るに至った。しかし、あの岩倉にしては何だか気前が良過ぎるような気がしなくもないので、岩倉なりに何か思い含むところがあったのかもしれない…と考えるのは、穿ち過ぎであろうか?

 このように要所にある3人の役人・政治家をはじめとして、関係各方面になりふり構わず積極的な工作活動を続ける一方で、福沢自身に思わぬ幸運が転がり込んできた。それは一体? 続きはまた次回のお楽しみに…。

【写真1】明治元年新銭座塾舎平面図(『慶應義塾百年史 上巻』318ページ)
【写真2】明治2年新銭座塾舎平面図(『慶應義塾百年史 上巻』319ページ)
著者プロフィール:日朝秀宜(ひあさ・ひでのり)
1967年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得退学。専攻は日本近代史。現在、日本女子大学附属高等学校教諭、日本女子大学講師、慶應義塾大学講師、東京家政学院大学講師。
福沢についての論考は、「音羽屋の「風船乗評判高閣」」『福沢手帖』111号(2001年12月)、「「北京夢枕」始末」『福沢手帖』119号(2003年12月)、「適塾の「ヲタマ杓子」再び集う」『福沢手帖』127号(2005年12月)、「「デジタルで読む福澤諭吉」体験記」『福沢手帖』140号(2009年3月)など。
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