「不覚だった」――脳梗塞の経験
堅苦しい自己紹介はほどほどにして、「とにかく自由に、ざっくばらんにお話をうかがいたい」と私が言うと、千葉さんは、脳梗塞で倒れたときの経験をふり返りながら、自身の身体のことについてとつとつと語り始めた。
――とにかく今日は、そんなにカチッとではなく、ざっくばらんにというか、あまりかしこまってじゃなくて、なんでも自由に、与太話的にお話していただければいいなぁと思って……。
(千葉)たとえばいまね、僕がいちばん関心というか、頭のなかを占めているのはねぇ……つまりいままで、ここ三十年ぐらい、自分の肉体というか体というのを考えてなかったの。そんなことを考えなくたって、やれてきたわけですよ、なんでも。なにしろ入院とかしたのは、中学校三年のときの盲腸手術ぐらいですから、それから病気らしい病気はしないで、好きな仕事をとにかく、あとでまた出てくると思うんですけど、がむしゃらに働かざるをえなかったという側面があるんですけどね。
ですけど、去年の九月末に脳梗塞になっちゃって。原稿を直してくれと言われて、いったん書いた原稿をまた書き直ししてたんですよ。そうしたら夕方になったら、要するに右手が動かなくなったんです。ワープロのキーボードを打てなくなっちゃった。なんか変だよねというふうにして、変だなと思って、ちょっと部屋のなかを歩いてみたら、足も変なんですよ。だから「あれっ?」と思って。夜になって、編集の担当の方が原稿を取りに来て、渡したわけですね。そうしたらそのときに、「ひょっとしたら脳梗塞かもしれないから……」(――その編集の方が、そうやっておっしゃって……)、そうそう。僕もそういう話は、そいつと話したりなんかするときに、いろいろ話をきいてたりなんかしてたものだから、じゃあとにかく今晩ひと晩みて、明日の朝行ってみようということで、その日は風呂は入らなかったんですね。
つぎの日の朝早く、アパートの隣のおばちゃんにきいたら、○○(千葉さんが住んでいる地域の名前)の病院を紹介してくれて、「そこはいいよ」と。それでタクシーを呼んで、自分で行ったんですよね。例のとおり、二時間、三時間待ちでしょう、受け付けしてから。その間、だんだんだんだん悪くなってくるんですよ(――わかるんですか、体で)。そうそう。つまり、歩くたびに足が変になっていくし、そのときはもちろんまだ杖も持ってないですから、病名もわからない。結局、二時間待って診察してもらって、脳梗塞ということで、一カ月ちょっと入院したんですよ。その間だんだん、いちばんはじめの二、三日はほとんど記憶がなかったんですけど、起きて、飯を食って、寝て、飯を食って、寝てみたいな。
それまでに体のことなんかまず考えたことがなくて、いちばん最初に「不覚だったなぁ」という。つまり、そういうことをいろいろいままで考えたり、言葉で言ったりはしてたんだけど、実際本当に自分のことを何も考えていなかったというか、自分のことというか、体のことをね。それから、雑誌とかテレビやなんかでも体のこととか健康のこととかを言ったりするけど、全部嘘だという感じがするわけですよね。実際になってみなきゃわからないと、「おまえ、死ぬときのことを考えてものを言ってるのか」という感じがすごくして、そういうふうに思うようになったというのは、やっぱり自分でなってみてなんですよね。 ・・・・・
[本書291頁から293頁途中まで抜粋]
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