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巻頭随筆

不安を希望に変えるもの    増田健太郎

 

「すべては出会いから始まる」
 私が学生時代に聞いたフレーズです。書物や自然、そして、いろいろな人との出会いが、自分を創っていきます。しかし、新しい出会いには、不安もついてきます。四月は新しい出会いのときですが、その一方で不安もたくさんあることでしょう。

 高校生のとき、五木寛之の『青年は荒野をめざす』を読んで、いつかシベリア鉄道に乗って、ソ連(現在のロシア)に行ってみたいと思うようになりました。主人公のジュンがシベリア鉄道に乗ってモスクワに行き、アルバイトをしながらヨーロッパを回り、「自分探しの旅」をするという物語です。

 私も大学生になり、アルバイトでお金を貯めてシベリア鉄道の旅に出ました。鉄道で地球の広さを実感したいという思いが一番だったと思います。横浜から船に乗り、ナホトカに着いて、そこから八日間の鉄道の旅が始まります。社会主義の国はどんな社会だろうか、どんな出会いが待っているのだろうかという期待がありました。しかし、ナホトカに着いたとたんに、好奇心と期待とは裏腹に、言葉が通じない国で二カ月間も過ごせるのだろうか、病気になったらどうしようか、と次から次に不安がわき上がってきます。車窓から見えるロシアの平原も、一日も乗れば、ずっと同じ景色の繰り返しで、考えるほかにすることがないためもあったように思います。そんなときに救われたのが、一日に一回夕方に車掌が持ってきてくれる温かいチャイ(ミルクティ)と笑顔でした。ヨーロッパの国々にも足をのばしましたが、新しい国に行くたびに、言葉も文化も通貨も違うことに戸惑った六〇日間の一人旅でした。しかし、言葉はわからないけれど、笑顔に救われた旅であったことを昨日のことのように覚えています。

 さて、セカンドオピニオンという言葉は、どなたもご存知でしょう。最近、私も医師のセカンドオピニオンを求めようと、最初に受診した病院に検査結果をもらうときに言うことにしました。しかし、それをどう伝えればよいのか、「セカンドオピニオンを求める意向を伝えたときに、医者はどう思うだろうか」と逡巡しました。自分が相談に乗るときに、「他の先生の意見も聞いたほうがよいかもしれませんね」と気軽に言っていましたが、セカンドオピニオンを希望すると最初の医師に話すことのハードルの高さと、「自分を信じていないのですか」と言われたらどうしようという不安が大きくなるのを実感しました。実際に「セカンドオピニオンを」と話すと、その医師から「わかりました。……また、来てくださいね」と笑顔で言われたときは、ほっとしました。

 四月、希望という種をもった子どもたちとの新たな出会いが始まります。しかし、希望よりも不安が大きい子どもたちも多いはずです。不安を言葉で表現できずにため込む子ども、体の不調を訴えたり、落ち着かない子どももいるでしょう。そんな子どもたちの不安を希望に変えるためには、まず、しっかりと笑顔で話を聴いてあげることだろうと思います。



 
執筆者紹介
増田健太郎(ますだ・けんたろう)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。臨床心理士。教育学博士。専門は臨床心理学、教育経営学。九州大学大学院人間環境学研究科博士課程単位取得満期退学。自由学園アドバイザー。著書に『教師・SCのための心理教育素材集』(監修、遠見書房、2015年)、『不登校の子どもに何が必要か』(編著、慶應義塾大学出版会、2016年)、『〈特集〉いじめ・自殺』(編著、『臨床心理学』第16巻第6号、2016年)など。

 
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