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巻頭随筆

支援マインドを今一度    大日向雅美

 

 国を挙げて子育て支援の重要性が言われ、さまざまな施策が矢継ぎ早に打ち出されている昨今ですが、親、とりわけ母親が子育てに悩み、不安やストレスを強める状況は必ずしも減っているとは言えません。“育児疲れ”“孤育て(孤独な子育て)”等々の言葉を口にする母親の声に接するたびに、子育て支援に欠けているものは何だろうかと思わざるを得ません。

 子育て支援というと、まず注目されるのが待機児童対策です。確かに共働き家庭やシングルペアレントが増えている今日です。働きたいと願う親がそれぞれの事情に応じた働き方をしながら、安心して子どもを預けられる施設を増やすこと、しかも、単に保育施設の量的拡大だけでなく、保育の質の向上のためにも保育者等の研修と人材確保が急がれています。

 しかし、待機児童は主に都市部(首都圏や政令都市等)の問題です。人口減少の課題を抱えている地方にはまた別の問題がありますし、子どもの貧困などの格差問題も看過できない問題です。さらには在宅で育児をしている親のストレスが強いことも近年明らかにされている点です。必要に応じて一時保育を利用したり、ひろばで仲間づくりをしたりしながら孤独な子育てから解放されるようにするなど、地域の子育て支援拠点の充実も重要とされているところです。

 こうして親への子育て支援の必要性が増している昨今の状況をみるにつけ、子育て支援に際しては、それに応じた施策を整えると共に、そこに魂を注ぐべき人々の支援マインドの醸成も喫緊課題であることを思います。

 よくあるのは、「支援は教育だ」という錯覚です。「昔の子育てはもっと大変だった。今はなまじ子育て支援があるから親が甘えるのではないか」と嘆き、さらには「最近の親はどうしようもない」と批判の目を強めて、親を教育しようとする人が子育て支援の現場に今なお少なからずいます。その一方、親の大変さを何とか助けてあげたいとの思いを強めるあまりに、過剰に同情したり相手の事情に踏み込み過ぎたりする人もいます。いずれも自分の経験や価値観を伝えることに懸命になりがちですが、こうした支援者を前にして親が心を開くとは考えにくいものです。でも、自身の言動は親を支援したいという「善意」にあると信じて疑っていないために、目の前の親がどのような思いでいるかを想像することが難しいということが、さらに悩ましいところではないでしょうか。

 子育てに惑っている親に真に必要な支援を届けるには、「傾聴」に徹することだと私は考えます。支援の究極の目標は、親が自身の直面している問題に気づき、自分の力で立ち直っていく力を呼びさますことに他ならないからです。また、子育てには唯一絶対の正解も少ないのです。むしろ、思い通りにはならない子育ての現実を受け入れ、失敗や試行錯誤を重ねながらも、子どもの成長に喜びを見出すゆとりをその人自身のやり方で手にしていくことが大切です。その道のりに、息長く、忍耐強く寄り添うことが、真の支援ではないでしょうか。さらに言えば、地域の子育て支援は、保育士等の専門職だけでできることでもありません。人生経験豊かな地域の人々との協働があってこそ、さまざまな親の悩みに寄り添えることは言うまでもありません。地域の人々がどれだけ支援者としての「人財」となりえるか、子育て支援は“人創り支援”でもあることを、改めて思うこのごろです。



 
執筆者紹介
大日向雅美(おおひなた・まさみ)

恵泉女学園大学学長。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。学術博士。NPO法人あい・ぽーとステーション代表理事。内閣府子ども・子育て会議委員。社会保障制度改革推進会議委員。1970年代のコインロッカーベイビー事件を契機に、子育て・家族支援と共に地域の人材養成事業にも取り組んでいる。主著に『「子育て支援が親をダメにする」なんて言わせない』(岩波書店、2004年)、『〈増補〉母性愛神話の罠』(日本評論社、2015年)、『母性の研究〈新装版〉』(日本評論社、2016年)ほか多数。

 
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