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巻頭随筆

進路選択と教育への思い    針塚 進

 

 三歳半で言葉の発達が十分でなく、目と目が合いにくい男児を連れて、三十代前半の両親が相談に来られました。その男児は、インテーク(初回面接)での学生との遊びや発達検査などからすると発達障害(自閉症スペクトラム障害)の疑いがもたれました。その結果、お子さんの発達の可能性は大いにあるが、特別な発達支援をする療育などの必要性があることを両親に伝えました。すると、お母さんが「先生、この子は療育など受ければ普通学校に行けますか?」と聞いてこられました。これは、幼児の発達相談などに接しているとよく尋ねられることだと思います。子どもをもつ保護者の多くは、子どもは普通(通常)小学校の普通のクラスに入って教育を受けて、普通の仕事についてくれればいい、という思いを抱いています。

 地域の小学校に入学するには、秋口に新入生の「就学時健診」があります。この時に学校側が何らかの発達上の問題を感じれば、それ以降様々な精査が行われ、就学指導委員会などの検討を経て保護者に普通学校か特別支援学校か、または特別支援学級かなどの入学進路が提案されます。学校や教育委員会が検討している間の保護者の不安の大きさは想像に難くありません。そして、「先生、うちの子はやはり特別支援学校のほうがいいんでしょうか? 普通学校と特別支援学校とではどっちが適しているでしょうか?」と尋ねられます。子どもの発達や教育などの専門家からなる就学指導委員会は、子どもの特性や学校の教育システムなどを考慮してどのような教育が適切かを判断しています。しかし客観的な判断とは別に、親の「思い」があります。多くの親には、わが子には普通の子どもたちと交わることができる普通学校、普通学級で教育を受けさせたいという願いがあります。しかし、「どちらが本当に適切なのだろうか?」という不安と戸惑いもあります。子どもの将来や教育の成果を予言するのは難しいことです。しかし、「分かりません」では困ります。少なくともこれまでの専門家としての経験から、発達と教育の可能性の高さを具体的に紹介することはできます。ただ、その可能性の実現は学校にお任せではなく、保護者自身の積極的な子どもとの関わりが不可欠であることを分かってもらえるような支援が必要です。

 他方、自閉症スペクトラム障害をもつ大学生が卒業近くの就職に際して、自分が発達障害であることを開示して面接を受けるべきか、と相談に来ました。これまで大学の友達とは何とかやってきているので大丈夫かとも思っているが、会社に入ってからが大変なのではないか、でも「自分は発達障害をもっています」と面接で言ったら、受かることはないと思う、と戸惑いを述べます。親も「そんなことを始めから言ったらダメだ」と言う。そして「入れば、だんだん慣れてくるかもしれないだろう」とも言うと訴えます。ここでも保護者の普通であってもらいたいという「思い」があり、子どもも迷います。しかし、大学での指導教員や事務系の配慮を受けて卒業間際まできたこと、でもアルバイト先では店長や仲間から分かってもらえず、苦労したが結局やめてしまったことなどから、自分自身が分からなくなってしまいます。どのような選択がいいのでしょうか?

 誰にとってもどの道をどのように選択するかの最適の方策はないのかもしれませんが、発達や成長への支援をしてくれる人との出会いの可能性は大きくなってきていると思われます。



 
執筆者紹介
針塚 進(はりづか・すすむ)

筑紫女学園大学特任教授、九州大学名誉教授。教育学博士。専門は臨床心理学。九州大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。山形大学教育学部助教授、九州大学大学院人間環境学研究院教授、中村学園大学教授などを経て現職。著書に『講座 臨床心理学4巻・異常心理学II』(共著、東京大学出版会、2002年)、『障害動作法』(共著、学苑社、2002年)、『臨床心理学研究の技法』(共著、福村出版、2000年)、『軽度発達障害児のためのグループセラピー』(監修、ナカニシヤ出版、2006年)など。

 

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