『自由なき世界――フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(上巻・下巻)(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

お知らせ

『暴政』『自由なき世界』

■『暴政』の著者ティモシー・スナイダー最新刊『自由なき世界』上下巻。3月13日発売。ロシアによるクリミア併合、ヨーロッパにおける相次ぐ右派政権の誕生、イギリスのEU離脱、トランプ大統領誕生など、近過去のトピックを歴史化し、右傾化する世界の実態を捉える話題作。


■日本経済新聞 2020年5月2日(25面)読書面「この一冊」に書評が掲載されました。評者は下斗米伸夫氏(法政大学名誉教授)です。 本文はこちら(有料記事です)

 

『自由なき世界』刊行記念フェア 「歴史の終わりとフェイクな世界――民主主義に差し迫る脅威の「本質」とは何か――」

『自由なき世界――フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(上巻・下巻)(ティモシー スナイダー 著、池田 年穂 訳)

ロシアによるウクライナ侵攻(クリミア併合)、ヨーロッパにおける相次ぐ右派政権の誕生、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領の誕生――。


西側諸国を結束させてきた「民主主義」の価値観は、いまなぜ動揺し、世界は混乱しているのか。民主主義や法の支配に差し迫る脅威の「本質」について考えるブックフェアを開催いたします。


※フェア開催情報は、3月下旬以降、随時掲載していきます。

 

「訳者から一言「歴史の復権」をめざそう」

 ティモシー・スナイダー教授の著作を訳したのは『赤い大公――ハプスブルク家と東欧の20世紀』が最初である。ハプスブルク家の傍流の大公を描いたこの作品は、評伝としてとにかく面白かった。そのスナイダー氏に、2017年1月に慶應でも講演をと無理なお願いをした際に、彼の口から「止むに止まれぬ気持ちで薄い本を出すので訳してくれまいか」と言われた。「おや、パンフレッティーアの系譜に連なるのかな?」 重厚な本の書き手としか意識していなかった彼の意外な発言だった。ただ、それからしばらくして『暴政』が刊行されたのを読んで得心した。少しでも早くと拙訳の刊行を急いだ。後述するが、その延長線上に本書は誕生した。

 「いやな感じ」が世界中に蔓延しているように思える。身近にもある。訳者は、いたずらに理想論を振りかざす気はないし、いわんや国士的発言などけして好まない人間だが、それにしてもと思う。なぜ、政治における最強の武器であるべき「言葉」を鴻毛より軽いものとし、公文書の管理すら蔑ろにし、官僚機構に「忖度」を強い、批判的であるがゆえに存在意義を持つジャーナリズムの口を封じ、権力の健全な継承原理さえ危険に晒し、齟齬矛盾の類を口にして恬として恥じずにいられるのか? スナイダー氏ではないが、近代民主主義国家の要諦である諸々の条件が次々と骨抜きにされてゆくのを眺めている気持ちがする。

 『暴政』の延長線上に本書が誕生したと記したが、その「エピローグ 歴史と自由」に魅力的な二つの概念が紹介されていた。それが、「必然性の政治」と「永遠の政治」である。この二つの概念が、本書『自由なき世界』を貫いている大きな柱となっている。本書から引用しよう。

 「必然性とは、未来はただ現在の延長にすぎず、進歩の法則は周知のことで、代替の策オルタナティヴはなく、よって自分たちになすべきことは何もないと感じることだ。[たとえば]アメリカの資本主義者が語るとすれば、それは自然が市場をもたらし、市場が民主主義をもたらし、民主主義が幸福をもたらした、ということになる。」

 「必然性の政治が崩壊した先には、別の時間の捉えかたが待ち受けている。それは「永遠の政治」だ。必然性の政治は、皆にとってのより良い未来を約束するが、永遠の政治は、繰り返される受難の物語の中心に一つの国家を据える。そうなると時間とは、もはや未来へと延びる一本の線ではなく、過去の同じ脅威へと際限なく回帰する円になる。」

 本書では、プーチンの「権威主義体制オーソリタリアニズム」の構築の手法、(ソ連崩壊以降の超富裕層による)「寡頭政治オリガーキー」の実態がまず詳述されている。そして、それらがロシアからヨーロッパやアメリカへと伝播してゆくのだとスナイダー氏は警鐘を鳴らす……どころかすでにそうなっていることを、プーチンの弟子筋にあたるトランプの(たんに「ポピュリズム」という形容では物足りない)えげつないやり方や、ヨーロッパ右翼の活動を詳述することで証明してみせる。元々スナイダー氏の造語の「サドポピュリズム」「スキゾファシズム」といった概念を駆使して、彼はそうした「フェイク」に満ち、昔はなかったサイバー攻撃などへの脆弱さを孕んだわれわれの社会を、豊富な実例をもって腑分けして見せるのだ。いやいや、と訳者は思う。アメリカやヨーロッパに留まらず世界のさまざまな国で――中東でも、南米でも、そして極東でも――この「新しいファシズム」の台頭を「フェイクデモクラシー」(まやかしの民主主義)が許してしまっているではないか。たとえばエルドアンのように「○○のトランプ」と呼ばれる権力者はいくらもいるし、たとえば習近平のように継承原理の存在さえ否定してしまった独裁者もいくらもいるではないか。

 香港の昨年から続く抗議運動を、本書第4章でも感動的に描かれているウクライナの「マイダン革命」と重ね合わせることにはそう無理がない気がする。どちらも体制の転換から22年後に発生した。独裁政治は権力の正しい継承原理を否定した上に成り立つものだ。香港の先行きについて訳者は楽観的にはなれないが、ただ、アンシャンレジーム(旧体制)を知らない世代が声を上げたことには望みをつなぎたい。ステータスクオ(現状)を無条件に肯定し、安易に外に「敵」を見いだしている社会には恐れを感じる。1ダースもの言語を操り、ホロコースト論や東欧史研究で新境地を開いたスナイダー氏(まだ50歳である)には重厚な研究書をと願うと同時に、訳者は「止むに止まれぬ気持ち」から書かれたこうした著作の意義をもまたひしひしと感じている。

 「思考停止」はもう止めようではないか。過去-現在-未来とつながる「歴史の文脈」に正しく「現在」を置こうではないか……そうスナイダー氏は訴えかけている。それこそが「歴史の復権」であり、未来への責任を持つことであろう。


 なお、トランプが再選を狙って選挙運動を繰りひろげている時期に本書を繙かれる読者諸兄姉におかれては、第6章「平等か寡頭政治オリガーキーか」からお読みになるのもよいのではと付け加えさせていただきたい。

池田年穂(慶應義塾大学名誉教授)


推薦文

秀逸だが不安を催させる分析となっている本書は、現在の世界を飲み込んでいる政治危機を理解しようと願う誰にとっても必読の書である。

――ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』著者


『自由なき世界』は、ロシアにおけるウラジーミル・プーチンの権力の強化や、ロシアのウクライナへの侵攻、2016年のアメリカ大統領選挙へのロシアの介入について、簡潔で説得力があり周到な筆致で綴られた歴史を繰り広げてくれる。

――『シカゴ・トリビューン』紙


スナイダーのロシアで起きてきたことへの――またアメリカとヨーロッパに及ぼす危険への――恐怖が、本書にエネルギーと情熱をもたらしている。スナイダーはプーチンのロシアへの告発において容赦しない。……ただし、スナイダーは、アメリカがロシアの介入や国内のポピュリズムに対してかくも抵抗力を失った原因であるアメリカ社会の弱点についても、目を曇らせていないのだ。

――ギデオン・ラックマン『フィナンシャル・タイムズ』紙


西欧の自由民主主義(リベラルデモクラシー)が現在抱いている危機を説明しようとするすべての本のなかで、スナイダーの『自由なき世界』ほど雄弁なもの、恐ろしいものはほかに見当たらない。

――アンジェラ・ステント(歴史家)


広汎なリサーチにくわえ身辺の出来事にも基づく本書……現代史の説得力があり手厳しい著作において、スナイダーは民主主義と法にとっての脅威の本質を暴露すべく、表層的な日々のニュースを深掘りしてゆく。課題を理解するというのは、伝統によって得られ未来にとって必要なさまざまな美徳を見いだし、おそらくは修正することなのだ。私たちのあいだの厳しい選択――平等か寡頭政治か、個人主義か全体主義か、真実か嘘か――を暴露することで、スナイダーは、私たちの生活様式の基盤となっているものの理解を復活させ、そうすることで、この極端に不確かな時代に進むべき道を指し示しているのだ。

――カール・オーヴェ・クナウスゴール『ザ・ニューヨーカー』誌

 

『自由なき世界――フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(上巻)

『自由なき世界――フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(上巻・下巻)(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

ロシアはなぜクリミアに侵攻したのか

法の支配を無効化し、民主主義を混乱に陥れ、歴史を葬り去る「永遠の政治」。
プーチンによる「永遠」の体制は、純潔無垢なるロシアの復活を唱え、EUの破壊を画策し、遂にはウクライナの混乱に乗じてクリミアを併合する。

ロシアはなぜクリミアに侵攻したのか――。

20世紀末、ソ連が崩壊し、冷戦が終結したのに伴い、自由民主主義の勝利が確定したかに思われた。
一部の識者は、平穏でグローバライズされた未来を確信し、「歴史の終焉」を宣言した。
だが、そう信じたのは見当違いだった。
2000年にロシアの大統領となったプーチンは、オリガルヒ(新興財閥)とファシズムを混交させた新たな権威主義体制を構築し、ロシアに新たなファシズムが現れたのである。
法の支配を無効化し、民主主義を混乱に陥れ、歴史を葬り去るプーチンの「永遠の政治」は、やがて、純潔無垢なるロシアの復活を唱え、EUの破壊を画策し、遂にはウクライナの混乱に乗じてクリミアを併合する。

プーチンの思想に鋭くメスを入れ、右傾化する世界の実態を捉える世界的な話題作。

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『自由なき世界――フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(下巻)

『自由なき世界――フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(上巻・下巻)(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

格差がファシズムを呼び寄せる

ヨーロッパにおける相次ぐ右派政権の誕生、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領誕生。西側を結束させてきた民主主義の価値観は、いまなぜ動揺し、世界は混乱しているのか。新たなファシズムの台頭に警鐘を鳴らす。

トランプはなぜ大統領になれたのか――。

2010年代、ロシアに起こった富者による支配を正当化する権威主義体制は東から西へと広まった。
それを助けたのは、ロシアによるウクライナ侵攻と、ヨーロッパやアメリカに対するサイバー戦争である。
ロシアは、世界中のあらゆる場所に、ナショナリストやオリガルヒ、急進派の協力者を見出し、西側の制度や国家、価値観を解体したいというその欲望は、西側自体のなかにも共鳴者を見出してゆく。
ポピュリズムの隆盛やイギリスのEU離脱(ブレグジット)、ドナルド・トランプ大統領誕生はいずれもロシアが目標とするものだったが、それらが達成できたのは西側社会や民主主義自体の脆弱さが露見したのだとも言える。

民主主義や法による支配を脅かす、新たなファシズムの台頭に警鐘を鳴らす『暴政』の姉妹篇。

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書籍詳細

  上巻 下巻
分野 人文書
初版年月日 2020/03/20
本体価格 2,500円
判型等 四六判/上製
276頁 248頁

著者 ティモシー・スナイダー(Timothy Snyder)

ティモシー・スナイダー(Timothy Snyder)

1969年オハイオ州生まれ。イェール大学歴史学部教授。オクスフォード大学でPh.D.を取得。専攻は中東欧史、ホロコースト論、近代ナショナリズム研究。邦訳されている著書として『赤い大公――ハプスブルク家と東欧の20世紀』『ブラックアース――ホロコーストの歴史と教訓』『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(いずれも慶應義塾大学出版会、2014年、2016年、2017年)、『ブラッドランド』(2015年)、インタビュアーを務めたトニー・ジャットの遺著『20世紀を考える』(2015年)がある。2017年1月に初来日し、慶應義塾大学、東京大学などで講演を行った。ブラウン大学を卒業しオクスフォード大学に転じた1991年にソ連崩壊を経験したため、英独仏語だけでなくスラブ諸語の一次資料をも自在に活用する学風は、ホロコースト論でも新境地を開いたと高く評価されている。ハンナ・アーレント賞をはじめ多彩な受賞歴を誇る。また、ウクライナ情勢の信頼できる解析者であるだけでなく、世界に蔓延するフェイクデモシーへの批判をさまざまなメディアを通じて発信しており、アメリカでもきわめて大きな影響力を持つオピニオンリーダーの一人と目されている。

 

訳者 池田 年穂(いけだ としほ)

1950年横浜市生まれ。慶應義塾大学名誉教授。ティモシー・スナイダーの日本における紹介者として、本書のほかに『赤い大公』『ブラックアース』『暴政』(2014年、2016年、2017年)を翻訳している。タナハシ・コーツ『世界と僕のあいだに』(2017年)、マーク・マゾワー『国連と帝国』(2015年)、ピーター・ポマランツェフ『プーチンのユートピア』(2018年)など多数の訳書がある(出版社はいずれも慶應義塾大学出版会)。

 

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