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ウェブでしか読めない
 
オリジナル連載(2006年9月13日更新)

福沢諭吉の出版事業 福沢屋諭吉
〜慶應義塾大学出版会のルーツを探る〜

第7回:「福沢屋諭吉」の営業活動(その4)

 

目次一覧


前回 第6回
「福沢屋諭吉」の営業活動(その3)

次回 第8回
「福沢屋諭吉」の編集活動(その1)

本連載は第40回を持ちまして終了となりました。長らくご愛読いただきありがとうございました。

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  今回もまた引き続き、福沢諭吉と三田藩知事(さんだはんちじ)九鬼隆義(くき たかよし)との間の交流を見てみよう。今回もまた、引用する史料は適宜現代風に改めた。

 明治2年11月6日付の九鬼隆義宛福沢諭吉書簡(慶應義塾『福沢諭吉書簡集 第一巻』岩波書店 2001年 150頁)。

〔前略〕近いうちに洋学校設立のお考えもお持ちで、つきましては外国へ書籍ご注文のこと、取り計いの旨を承知いたしました。今年の春頃より時々必要な書類をアメリカへ注文し、原価にて手に入れましたので、どのようにもお取り次ぎいたします。さらに一昨日川本氏よりご必要の品々の目録が送られてまいりましたので、今月下旬の飛脚船へ手配し、およそ二ヶ月で品物が着くことと思います。〔中略〕洋学校を設立するならば、人を治める君子を引き立てになるより、人に治められる小人を導くよう、ご注意下さい。この頃の世の中は治国の君子が乏しいのではありません。ただ欠点は良い政府の下に立って、良い政府の恵みを受ける人民が乏しいのです。下から恵みを求めなければ上から恵みを与えないのはまたもっともです。災害が下から起これば幸福もまた下から生まれるでしょう。小民の教育が第一と思います。〔後略〕

 どうやら九鬼は三田藩内で洋学校を設立する計画を立てていたようで、それに必要な洋書の輸入取り次ぎを福沢が引き受けていたことがわかる。さらには、前々回に触れた川本幸民を通して洋書以外の品々の注文も福沢が受けて手配している。実際には、これらの品々は福沢から委託された横浜にある丸屋商社の早矢仕有的(はやし ゆうてき)によっていろいろと調達されていることが、他の書簡から読み取れる。

 そしてこの書簡の後半部分では、福沢独特の教育論が展開されている。そこでは、いわゆるエリート教育ではなく、政府に対してしっかりと要求できる人民を教育する必要性を力説している。

 しかし、九鬼の洋学校設立計画は、先の福沢書簡と同時期の明治2年11月に発生した大規模な農民一揆によって延期されてしまう。この一揆の直接の原因は、不作にもかかわらず年貢減免や拝借米の願いが聞き届けられなかったことによるが、その背景には「文明開化」の名の下に急激な改革を推し進めようとする三田藩への反発が存在した。おそらく洋学校もその標的となったことであろう。計画延期の報を受けた福沢はあきらめきれずに九鬼を励ましたり、岩倉具視(いわくら ともみ)にまで働きかけたりして、洋学校の設立に向けて努力を惜しまなかったが、結局は実現に至らなかった。「小民教育」の必要性を力説した福沢の思いが、他ならぬ農民一揆によって阻まれてしまったのは何とも皮肉なことである。

 日本の義務教育制度は、明治5年の学制頒布により開始された。そのような政府の動きに先立って、福沢は柏木そう蔵(第4回参照)やこの九鬼のような人物に対して、地方教育の担い手としての期待をかけていたのである。そこには「下民教育」(柏木)や「小民教育」(九鬼)という福沢独特の教育観があった。その際に、『世界国尽』のような「福沢屋諭吉」の書籍が果たした役割はけっして無視できない。ここに私たちは、「福沢屋諭吉」の営業活動を通じて、福沢諭吉の教育・啓蒙活動の姿を垣間見ることができる。

 

写真1 九鬼隆義 『三田評論』2006年3月号 59頁
写真2 『世界国尽 一』 4丁ウラ・5丁オモテ(慶應義塾による復刊版より) 
著者プロフィール:日朝秀宜(ひあさ・ひでのり)
1967年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得退学。専攻は日本近代史。現在、日本女子大学附属高等学校教諭、日本女子大学講師、慶應義塾大学講師、東京家政学院大学講師。
福沢についての論考は、「音羽屋の「風船乗評判高閣」」『福沢手帖』111号(2001年12月)、「「北京夢枕」始末」『福沢手帖』119号(2003年12月)、「適塾の「ヲタマ杓子」再び集う」『福沢手帖』127号(2005年12月)、「「デジタルで読む福澤諭吉」体験記」『福沢手帖』140号(2009年3月)など。
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