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巻頭随筆

「第二反抗期」は専門用語か   平石賢二

 

 「第二反抗期」という言葉は、日本人の多くの人がよく知っており、青年期の代名詞であるかのように用いられています。この用語は元々、シャルロッテ・ビューラーが一九二一年に出版した 『青年の精神生活 Das Seelenleben des Jungenlichen』という著作(日本では一九六九年に第六版の訳本が出版)の中で用いており、それが紹介され広まったようです。しかし、筆者はどうしてこの用語がここまで日本人に浸透しているのかいつも不思議でなりませんでした。何故なら、欧米の青年心理学研究の論文や概説書の中には「第二反抗期」は専門用語として登場してこないからです。

 いつ頃からどのようにこの用語が広まったのかを知るために、日本の代表的な青年心理学者によって一九七〇年代、一九八〇年代に出版された古い概説書を数冊調べたところ、青年の反抗行動に関する解説はあっても、第二反抗期という用語そのものが大きく取りあげられることはありませんでした。他方で、高等学校公民科「倫理」の教科書や文部科学省が出している生徒指導提要の中には、青年期の発達的特徴を表す用語として、第二反抗期が強調されて紹介されていました。日本でこの用語が周知されているのは、この辺りに原因があるのかもしれないと考えているところです。

 ビューラーは、第二反抗期という言葉を思春期における意志の発達について説明するなかで用いています。しかし、この新たな用語に対して明確な操作的定義を述べているわけではなく、また、 前後の文脈から必ずしも大人の権威に対する反抗だけを意味しているわけでもないように読み取れます。そのため、この曖昧で多義的に用いられている概念に対して、反抗という言葉のもつ表面的な意味だけをとらえて、青年期の子どもの一般的な発達的特徴として理解するのは正しくないと言えます。

 欧米の青年研究においては、意志の発達を自律性(autonomy)という概念によって研究することが多いです。そして、自律性の概念は、情緒的自律性、行動的自律性、価値的自律性などと下位概念に分類、整理され、それぞれの明確な操作的定義に基づいた実証研究が行われてきました。また、子どもの自律性の発達に伴って生じる親子の対立は、反抗ではなく葛藤(conflict)という概念で研究されてきましたが、葛藤には多様性があり、葛藤が生じるメカニズムに関しても丁寧に検討されてきています。

 近年、日本では現代の子どもたちには第二反抗期が消失したとか、第二反抗期の見られない子どもたちが増えてきた、などとそのことを問題視する議論がたびたび見受けられます。しかし、そのような議論は、第二反抗期の本来の意味や深い含蓄を正確に理解しない曖昧なものになっている可能性があります。また、ビューラーが提唱した時代背景や社会、文化的背景を考慮しないまま、この用語をそのまま現代の子どもに適用するのはそもそも無理があります。

 これは青年心理学者の課題かもしれませんが、すでに広く知れ渡っている第二反抗期という用語のもつ意味が一般の人々に正しく理解され、誤用が生じないよう、専門家はこの用語を今まで以上に慎重に使用し、解説していく必要があります。また、いつまでもこの古い用語にとらわれず、もっと適切な新たな専門用語を提唱していくべきなのかもしれません。



 
執筆者紹介
平石賢二(ひらいし・けんじ)

名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授。博士(教育心理学)。臨床心理士。専門は青年心理学、学校臨床心理学。名古屋大学教育学部助手、三重大学教育学部助教授などを経て現職。著書に『学校心理臨床実践』(共編著、ナカニシヤ出版、二〇一八年)、『改訂版 思春期・青年期のこころ』(編著、北樹出版、二〇一一年)など。

 
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