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巻頭随筆

紙切り動作とこころの成長    鶴 光代

 

 ある大学附属幼稚園の園長をしていたとき、教員から、ハサミをうまく使えないA君の相談を受けたことがありました。その先生は、A君が日ごろの活動がゆっくりタイプでやや鈍い感じがあることも気にしていました。ハサミを使っているところを見ると、手先の不器用さが問題というよりは、ハサミを使うときに伴うからだ全体の動きが出ていないことに要因があるようでした。

 人前で紙をハサミで切って見せる「紙切り」は日本の伝統芸能のひとつで、現在も寄席などで人気があります。この芸では、音曲に合わせたしゃべりと共に繊細な様々な形を切り抜いていくわけですが、紙を切る様子を見ると、からだ全体を巧みに動かしていることが分かります。特に切る方向に向けて重心を移し、その方向にからだを動かしています。紙を切るのは、全身運動なのです。

 その視点で、ハサミをうまく使える子どもを見ると、やはり、椅子に座った状態で、お尻で重心を移し上半身を動かしながら切っています。ところがA君は、ほぼ腕と手だけの動きで切ろうとしていました。ほかの子どものように腰がうまく動いていないのです。腰の動きが固いことが見てとれましたので、保護者にことわって、他の子どもと一緒に幼児動作法を行ってみました。

 あぐらをかいて座り、上半身を前に曲げていって腰の動きの固さをゆるめ、腰を動かしやすくする動作です。A君は、あぐら座位をとると上体が後ろにのけぞるため、あぐらを組んだ脚を両手でもって後ろに倒れまいとしていました。普段と違った真剣な感じがあり、自分を何とか保とうとする自己努力がありました。

 後ろから、筆者(援助者)が背中を支えると、ホッと少し力を抜きました。腰が痛いかを聞くと、大腿部の外側が痛いということでした。そのまま、筆者と一緒に「少し待っていると痛みが和らぐよ」と話すと「ウン」とうなずきました。その後、いったん両脚を伸ばしてもらい、よく頑張ったことを褒め、再び、腰前曲げをすると、少しうまくできました。そのことにA君自身も気づいて笑顔になり、自分自身の変化に喜んでいるようでした。A君の自己体験を大事にするため、あえてそのことに触れずに、また、前曲げを一緒に行うと、A君自身にも自分が腰を動かしたと実感できる動きが出てきました。肩周りの動作も加え、四週にわたり計六回の幼児動作法を行ったところ、ハサミをうまく使えるようになりました。

 そして親に、自転車乗りの練習をしたい、と言うほどの積極性を見せるようになりました。自分のからだを動かすのは自分自身ですから、思うようにからだを動かせるようになる過程で、A君は注意集中、自己の持つ力の発揮、目指すことを達成するための現実検討力とコントロール力を体得したのだといえます。幼児に見られる動作上の問題は、ハサミ使いのような些細なことであっても、こころの動きと一体的に関連しているゆえ、からだを動かす動作活動に充分に目を向け、子どもの心身総体的な成長を支えたいと思う。



 
執筆者紹介
鶴 光代(つる・みつよ)

東京福祉大学大学院心理学研究科教授。専門は臨床心理学、心理療法。日本心理臨床学会理事長。九州大学大学院教育学研究科博士課程中退。福岡教育大学助教授、秋田大学教育文化学部教授、跡見学園女子大学文学部教授などを経て現職。主著に『臨床動作法への招待』(金剛出版、2007年)、『発達障害児への心理的援助』(同、2008年)、近著に『こころに寄り添う災害支援』(共著、同、2017年)など。

 
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