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巻頭随筆

児童虐待:再考    松ア佳子

 

 児童相談所における虐待相談件数は、統計を取り始めた1990(平成2)年度は1,101件でしたが、2015(平成27)年度は10万3,260件となり、さらに増加の傾向を示しています。厚生労働省の児童虐待による子どもの死亡事例検証委員会報告では、年間約50人前後、1週間に1人以上の子どもが虐待で死亡しており、この状況はここ10年間続いています。2000(平成12)年児童虐待防止法の制定以来、児童虐待防止に取り組んできていますが、状況はなかなか好転していないのが現状です。

 そのようななか、2016(平成28)年6月に児童福祉法が改正されました。児童福祉法は、1947(昭和22)年に戦後の孤児対策を主目的として制定され、その後、社会状況の変化に応じて一部改正が行われてきました。今回の改正は、児童福祉法の理念を「子どもの権利条約」に沿ったものとするという画期的なものであり、制定以来最大の改正です。児童福祉、児童虐待対応は、新しい段階に入ったと言えます。すべての児童が健全に育成されるよう、児童虐待の発生予防から自立支援まで一連の対策のさらなる強化を図るため、母子健康包括支援センターの全国展開、市町村や児童相談所の体制の強化を行うこと、子どもが家庭において心身ともに健やかに養育されるよう保護者を支援すること、家庭で養育することが困難な場合、子どもが「家庭における養育環境と同様の養育環境」において継続的に養育されるよう里親委託の推進を行うことなどが示されました。具体的には、児童虐待対応機関としての児童相談所の機能強化です。特別区で児童相談所の設置ができるようになること、児童心理司、医師または保健師、指導・教育担当の児童福祉司の設置など専門性の強化が図られるとともに、弁護士の配置等が示されました。また、市町村は妊娠期から子育て期まで切れ目のない支援を行うことにより、児童虐待の予防・早期発見に資するなど、市町村の役割を子育て支援として明確化することとなりました。

 子どもの権利条約は、1989(平成元)年に国連で採択され、わが国は1994(平成6)年に批准しましたが、国連子どもの権利委員会から3回勧告を受けています。特に家族と暮らせない子どもたちの85%が児童養護施設などの施設で養育されている状況は、里親養育が大半である欧米先進国と大きく異なり権利条約違反に当たると指摘されてきました。今回の法改正により、養子縁組里親の法定化や里親のリクルートから自立支援までの一貫した里親支援体制の構築が示されたことは、大きく評価されることと思います。

 このように、今後の子どもと家族への支援、児童虐待予防・対応に明確な方向性を示した法改正ですが、課題は多々あります。1つは、児童虐待対応への司法の関与がいまだに不明確であるということです。弁護士が児童相談所に配置されることは、現場としては大きな力になると思います。しかし、児童相談所の最も大きな課題は、親と対立してでも子どもを保護する役割と、親を支援していくという相矛盾する2つの役割を集中して担っていることです。児童虐待対応機関として児童相談所の機能が強化されるとしても、介入機能については、諸外国のように司法の役割との連携がなければ機能しないのではないかと思います。2つ目は、今後、市町村が親支援の役割を担っていくことになると思われますが、市町村における専門的な人材をどのように確保していくか、これも大きな課題です。

 その他、里親養育推進体制の構築、子どもの自立支援も含め、残されている課題について、厚生労働省でワーキンググループによる検討が続いています。これらの動向を踏まえつつ、子どもの発達、育つ権利が保障される社会の構築に向けて、ともに取り組んでいく必要があると思います。



 
執筆者紹介
松ア佳子(まつざき・よしこ)

広島国際大学特任教授。臨床心理士。専門は臨床心理学。九州大学文学部心理学専攻卒業。福岡市児童相談所長、子ども虐待防止推進担当課長、九州大学大学院人間環境学研究院教授等を経て現職。著書に『国連子どもの代替養育に関するガイドライン』(共訳著、福村出版、2011年)、「社会的養護におけるアタッチメントの問題」(『教育と医学』2016年11月号)など。

 
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