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立ち読み  
編集後記  第65巻10号 2017年10月
 

▼今回の特集は、「思いやりの心を育む」でした。思いやりの前提には、他者を精神主体として受けとめ、他者の「こころ」に気づく力が必要になります。また、他者の視点に立って、ものごとを理解する認知的能力や悲しんでいる他者をかわいそうだと思う感情的要素も関連します。さまざまな力のまとまりが「思いやり」や共感性(empathy)といわれる複雑な行動を生み出します。

▼別の視点からみると、それほど複雑な行動ではなく、ひとが持って生まれている自然な感情のひとつという理解も可能です。「喜び」「驚き」「嫌悪」などの一次的感情を基礎に、自己に対する気づきや意識が確かなものになるに従って、「照れ」「羨望」などの自己意識的感情が生じます。さらに感情は分化して、「共感」や「慰め・いたわり」の行動が生じるのは一歳半頃とする研究もあります。大人や友達が痛そうにしたとき、または、悲しそうなとき、子どもが「大丈夫と近づく」「表情をうかがう」ことは、共感や思いやりにつながる行動です。

▼大学の発達心理学の授業で困ることがあります。「思いやり」の前提である「他者視点の獲得」に関して、子どもがこの能力をいつ頃に身につけるかについては、さまざまな説があることです。
 ある授業では、ピアジェの発達理論を取り上げ、「三つ山課題」を説明します。三つの高低差のある山を前に、「あちらに座っている女の子にはどう見えるかな」と問う課題です。他者視点の理解が可能になるのは、七歳頃以降の「具体的操作段階」であると話します。別の授業では、「こころの理論」を説明します。「サリーとアンの課題」と取り上げ、「サリーはどちらを探すかな」と問う課題です。他者の心の中を推測する能力は四歳頃に獲得すると話します。
 さらに別の授業では、相手の表情に従って行動を選択できるのは、十八カ月頃であると話します。この研究は、Aを食べた際には嫌悪の表情、Bを食べた際には満足の表情をした場合に、AとBの間で、「ちょうだい」と要求するものです。一歳半頃になると相手の表情に従って行動を選択するとされています。
 いずれの説も間違いではなく、その課題を遂行できるようになる時期は説明のとおりです。おそらく、課題として求められる能力が異なるものと推測されます。また、子どもにどのように問うのかの方法が洗練され、子どもが秘めている力を見つけ出す研究者の力が高まった結果ともいえます。

▼さて、それでは子どもが相手の心に気づき、思いやりが芽生えるのはいつ頃でしょうか。いくつかの研究を手がかりにすると、意外にも早く、一歳半頃であるというのが一般的な理解です。最新の研究では、子どもへの尋ね方が進歩して、もっと早い時期からその能力があるとする研究があるかもしれません。
 このように早期から、思いやりの芽生えがあり、その芽をどのように育てるかは、親や周囲の大人の働きかけ次第になります。温かなまなざしと子どもの体験を推測しつつ、親自身の「思いやり」を大切に、子育てに取り組みたいものです。

 

(徳永 豊)
 
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