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立ち読み  
編集後記  第65巻1号 2017年1月
 

▼子どものモラルや常識を踏み外した行動が、親のしつけや教育に原因があるのではなくて、脳機能の異常によるものではないかと医師が考えるようになったのは、20世紀初頭のことです。
 第一次世界大戦後に世界中で嗜眠性脳炎という疾患が大流行したことがありました。その脳炎に罹患した子どもには、ひどい落ち着きのなさ(多動)が見られることが注目されたのです。1930年代には、中枢刺激薬(現在もADHDの治療薬として使用されているメチルフェニデートなど)が多動の子どもに効果があることが報告されています。1960年代には、子どもの脳に生じた小さな傷が原因であろうと考えられて、「微細脳機能障害(ミニマル・ブレイン・ディスファンクション:MBD)」と呼ばれました。同じ頃のアメリカでは、自閉症は愛情に乏しい冷たい母親(「冷蔵庫マザー」)による養育が原因と信じられていたのとは、対照的です。

▼現在のように不注意と多動・衝動性という主要症状からなる軽度の発達の遅れという見方が有力になったのは、1980年代頃からです。やがて症状を意味するADHDという病名が定着するようになり、そう診断される子どもの数は明らかに増えました。一方、自閉症も生得的な脳の障害とみなされるようになりましたが、こちらはアスペルガー症候群と連続した病態であるという考え方から、現在は自閉スペクトラム症(ASD)と呼称されるようになっています。
 以上のように、ADHDもASDも、その時代々々で原因や病理に関する専門家の考え方が変わり、いろいろな病名がつけられてきました。今後も変わってゆく可能性が大いにあると思われます。

▼ADHDやASDのような発達障害の子どもの支援を長く続けるなかから、思春期・青年期を経て大人になり、そして老いてゆくまで、人は生涯にわたって発達し続けるという見方が生まれました。この生涯発達の視点は、今日、様々な障害を抱える人たちを支援する教育や福祉、医療の領域ではとても重要です。
 その結果、今回の特集にもあるようにADHDの子どもは、十代に入ると多動はあまり目立たなくなるものの、その後も社会生活において何らかの生きにくさ(機能障害)を抱えていることが分かってきました。

▼子どもの頃にはほとんど気づかれず、思春期以降になって初めてADHDと診断される事例が多いことも注目を集めています。ADHDもASDも男子に多いことが知られていますが、大人では女性の発達障害もかなり増えています。女子では小さなうちは見逃されているのでしょうか。
 私たちは、これらの発達障害をめぐる新たな疑問にも取り組まねばなりません。発達障害の過剰診断を懸念する批判的な意見もありますが、生きにくさを抱える人たちに生涯にわたる細やかで切れ目ない支援を続けるために、それは必要なことだと考えます。

 

(黒木俊秀)
 
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