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編集後記  第62巻12号 2014年12月
 

▼平成27年度から新しい教育委員会制度が施行されます。戦後の教育行政制度の根幹をなしてきた教育委員会が大きく変わることになります。戦後の教育委員会制度は、戦前の国家による教育の絶対的支配への反省から、アメリカの分権制度をモデルとして作られたものです。その制度の中核となった理念は、公教育における政治的中立性の確保でした。

▼アメリカ的民主主義では、教育は政治家の「恣意」に左右されない一般住民を代表する「レイマン(素人)」から構成される教育委員会による意思決定が望ましいと考えられたからです。ただ、わが国では住民の意思表明は任命制への転換によって間接的なものとなり、さらに今回の改革では地方教育への首長の関与の度合いが一層強められることになりました。このように教育委員会制度には、地方教育における政治と教育の関係や教育における民主的意思決定のあり方といった問題が常に関わっています。

▼私は長くイギリスの教育や学校について研究していますが、イギリスの地方教育行政のしくみは、アメリカとは少し様子が違っています。周知のようにイギリスの政治は二大政党である保守党、労働党を軸として展開されています。イギリス的民主主義では、選挙に勝ち有権者の信任を得た政党が、国政であれ地方政治であれ、その政策を断固として実行することが民主主義の根幹であるという考えが根強くあるようです。

▼中等学校への進学の際に試験をして生徒を3つの学校へ選別する制度から、無試験で生徒を入学させ1つの学校で教育する総合制中等学校への改革をめぐって、推進の立場の労働党と反対の保守党が激しく対立していた1970年代には、ある地方で選挙に勝った保守党が、労働党当局が決めていた総合制への改革をご破算にして、選抜試験を復活させたということもありました。

▼イギリスの地方教育行政は、かつては地方議会の議員によって構成される議会内の「教育委員会」が意思決定を行う議会統治型をとっており、議会で多数を占める政党の政策がそのまま実行されたため、こうしたことが生じたのです。しかし、それはイギリス人にとっては選挙による住民の意思表示をバックにしたものであり、それこそが民主主義的な教育行政のしくみだということになります。

▼その後、この制度は変えられ、現在は「リーダーと内閣制」(議会から選出されたリーダーが率いる内閣が政策決定を行う)または「公選首長と内閣制」(公選首長と議会または首長により選出された内閣が政策決定を行う)のどちらかになっており、教育行政もこのしくみのなかで意思決定が行われています。制度は多少変わっても、選挙で示された住民の意思が、その地方の教育に反映されるというイギリス的民主主義の根幹は維持されていることになります。

▼新教育委員会制度の下での首長による「政治的介入」が懸念されるわが国に対して、地方教育行政を地方議会と直結させるイギリスのしくみの基盤には、議会制民主主義の「本家」としての地方民主主義への誇りと政治へのゆるぎなき信頼があるのかもしれません。

 

(望田研吾)
 
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