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 ここで正直に告白しておきたいことがあります。言語の認知科学を生業としながらも、学校英語教育のあり方に大いなる関心を持ち続けていた筆者は、小学校英語の問題に英語教育が抱える問題の多くが凝縮されていると直感しました。しかし、その問題は多岐にわたる要因と複雑に関連しており、なかなかその本質を捉えることができませんでした。そこで思いついたのがシンポジウムを開くことでした。日頃話を聞きたいと思っている方々にご参集いただき、議論を戦わせていただく。そうすることによって、ことの本質があぶりだされるに違いないと考えたのです。いわば、自分自身の知的好奇心を満すために企画したのが、「慶應の暮シンポ」としてすっかり有名になった、英語教育公開シンポジウムシリーズというわけなのです (1)。

 そんな、きわめて個人的な理由で立てた企画ですが、二〇〇三年十二月六日に開催した「公立小学校での英語教育をめぐって」では、会場の北館ホールの定員をはるかに超える三百人以上の参会者の熱気で、冷房が必要になるほどでした。このときの記録が拙編著『小学校での英語教育は必要か』(慶應義塾大学出版会、二〇〇四年)です。続いて企画したのが、二〇〇四年十二月十八日に開催された「小学校での英語教育は必要ない ―英語教育のあるべき姿を考える」です。第一回を上回る、約八百名の参会者を西校舎ホールに得て、充実した討論が重ねられました。この記録が拙編著『小学校での英語教育は必要ない!』(慶應義塾大学出版会、二〇〇五年)です。

 このシンポジウムシリーズをきっかけにとった具体的行動のひとつが、二〇〇五年七月十九日、中山成彬文部科学大臣(当時)宛てに「小学校での英語教科化に反対する要望書」を提出したことです。英語教育に関連する多様な分野を代表する五十一名の署名を得ることができ、 その後の中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会外国語専門部会(中嶋峯雄座長)などでも、取り上げられました。その要望書は、小学校英語についての中教審の部会でのその後の議論に少なからぬ影響を与ええたものと自負しています。なお、大臣が替わったこともあり、 二〇〇六年一月十日には、ほぼ同内容の要望書を百二名の署名を添えて、小坂憲次文部科学大臣宛てに提出いたしました。なお、本書の巻末にその要望書を掲載しています。

 こうした行動を背景に、筆者は二〇〇六年二月十八日東京會舘で開催された中教審の外国語専門部会において、公立小学校における英語の扱いについて私見を述べるよう求められました。当日は、小学校英語「推進派」の渡邊時夫・清泉女学院大学教授とともに、それぞれ約一時間の持ち時間で、発表および討論を行いました。部会として何らかの結論を早急にまとめる必要があった、その時期の依頼に違和感がないわけではありませんでしたが、筆者の主張を公にしておく、よい機会と思い、お受けしました。その記録は、http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/015/06030217.htmで閲覧することができます。


 さて、シンポジウムの話に戻りますが、当初の企画どおり、英語教育公開シンポジウムシリーズは三回で終了することにしました。最終回にあたる第三回は、二〇〇五年十二月十日、西校舎ホールに再びほぼ満席に近い聴衆を集め、開催されました。小学校英語の問題を論じることで浮かび上 がってきた、英語教育の課題に真摯に向かい合って、英語教育の進むべき道を探るというのがそのテーマです。題して、「英語教育が目指すべき道を求めて―英語教育政策を考える」。さらに、今回は、小学校英語の問題に特化させて、議論を重ねるために、特別に番外編も設けました。こちらは、同年十二月十七日に慶應義塾大学三田キャンパス西校舎526番教室に、立ち見も出るほどの聴衆を集めて、開催されました。

(1)最近は、こんな物言いをすると、公の研究費を使って、しかも、所属大学の教室を使って、私的な好奇心を満たすためにシンポジウムを開催するとはけしからぬとお叱りを受けかねない世の中になってしまいました。 本文で述べたのはあくまできっかけの話で、もちろん、その企画が社会的にも意義があると考えたからこそ、 開催へ踏み切ったのです。野暮な注釈で申し訳ありません。
 
 

 

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著者プロフィール: 大津由紀雄(おおつ ゆきお)
慶應義塾大学言語文化研究所教授、東京言語研究所運営委員長。1948年東京都大田区生まれ。立教中学校から立教大学まで進み、日本経済史を専攻した後、英語教育改革の夢を抱いて、東京教育大学へ学士編入。同大学院修士課程を修了するころまでに、生成文法と認知科学に強く引き付けられる。MIT大学院言語学・哲学研究科博士課程に入学、1981年、言語獲得に関する論文でPh.D.を取得。近著に『小学校での英語教育は必要か』(編著、慶應義塾大学出版会、2004)、『小学校での英語教育は必要ない!』(編著、慶應義塾大学出版会、2005)がある。
※著者略歴は書籍刊行時のものを表示しています。
 

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