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英語支配とことばの平等  立ち読み

『英語支配とことばの平等』  

はじめに

 

津田幸男
 

はじめに
         津田 幸男

 

 「グローバル・スタンダード」(世界標準)ということばが広まってから久しい。これは、グローバリゼーションの進展にともない、ビジネスを中心に世界中で使われている共通の物とそのサイズや規格、行動や価値の基準などが標準化され世界のどこでも人々が円滑にさまざまな活動ができるように考えられた基準のことを指している。

 たとえば、国際貿易では「ドル」が「世界標準」となって、いわゆる「ドル建て」貿易というものが行われているのが現状である。

 そして、言語と国際コミュニケーションの舞台では、英語が事実上「世界標準語」として使われている。

 英語が「世界標準語」の役割を担うようになったのは最近のことではなく、英語は「世界標準語」としてかなり定着してきている。国際会議、政治、経済はもちろんのこと、ビジネス、観光、娯楽においても英語が共通語として使われており、そのことに異論を唱える余地がないように見える。

 しかし、少し立ち止まって考えてみると、英語が「世界標準語」であるということはさまざまな問題を含んでいることがわかる。

 たとえば、英語はアメリカ合衆国のことばであり、大英帝国のことばである。であるから、英語が「世界標準語」として使われているということは、アメリカ人やイギリス人にとって非常に都合のいい状態であるということがわかる。しかし、それは他の人々、特に英語を母語としない非英語圏の人々にとっては非常に都合の悪い「英語支配の構造」であるということもわかる。

 しかし、このようなちょっと考えれば分かるような不公平がほとんど話題にならないし、認識されてもいない。「とにかく英語はできなければならない」というのが現代人に負わされた至上命令になっている。日本人はもとより、世界中の人々がいまや血眼(ちまなこ)になって英語を勉強し、使っている。日本でも、2000年に「英語公用語論」が発表され、2002年からは小学校で英会話教育が始まり、さらに2003年には、文部科学省は『「英語が使える日本人」の育成のための行動計画』を発表し、より一層英語教育を奨励しようとしている。さながら「一億総“英語漬け”計画」といえる。

 本書の目的は三つある。

 まず第一に、このような「英語支配」といえる現状を捉え、「英語支配」が生み出す「不公平」「不正義」「不平等」を明らかにし「英語が世界標準語でいいのか」と異議を唱えることである。

 第二の目的は、第一の問題提起に基づき、「英語支配」への対応と解消の処方箋を提示することである。

 第三の目的は、英語偏重ではない「より公正なコミュニケーション」の実現のために「ことばの平等」という視点を提供することである。

 英語に限らず、現在はどんな事柄に関しても、現実適応・現状肯定的な視点が主流になっており、そのために「不公平」「不正義」「不平等」が見逃されてしまう傾向にある。たとえば、「グローバル化」にしても、それにどううまく乗っていくのかという議論が盛んであり、「グローバル化」の負の側面が見落とされてきた。

 英語に関しても、同じことがいえる。英語は常に、英語教育の問題としてのみ取り上げられて来た。「どうしたら英語ができるようになるのか」「なぜ日本人は英語が下手なのか」といったいわゆる「語学的な」問題設定の枠の中で英語が捉えられてきた。そのような狭い問題設定自体が英語が生み出している問題を隠し、英語支配を強化してきたといえる。

 そのような狭い視点を脱皮して、本書ではまず「英語支配」を「国際的な不平等・不公平」の問題として捉える。英語話者・英語国が有利になり、得をしている一方で、非英語話者・非英語国が不利で、損をしているという現実を明らかにして、「英語支配」という国際的な構造的不平等の存在を明確にする。それが「英語支配論」の基本姿勢である。さらに本書では「英語支配」を国際的な人権・環境問題としても捉える。「英語支配」いう「一言語独裁」により、非英語話者は自分たちの言語が使えないという「不平等」と「言語権の侵害」を被っているという観点から英語を捉える。さらに、「英語支配」により、世界の言語環境が激変し、「ことばのエコロジー」崩壊し、少数言語が衰退している事も指摘する。「英語支配」はこのように深刻な国際的人権・環境問題なのである。

 そのような「英語支配」の現実に対して、いったい日本はどのような対策を講じればよいのか。具体的な処方箋をいくつか提案する。さらに、「人間の平等」「コミュニケーションの平等」を実現するためには、「ことばの平等」を確立することが必要条件であることを主張する。



 本書の構成について簡単に述べてみたい。

 まず、序章「グローバリゼーションと英語支配」で英語支配の実態と英語支配に対する3つの代表的見解を概観する。

 本書の本論は3部構成から成っており、第T部は「「英語=世界標準語」が生み出す6つの問題」で、第U部は「「英語=世界標準語」への対応策」、そして第V部は「ことばの平等を目指す」となっている。
 第T部は初めの6つの章で、第1章から第6章までは、「英語支配」「英語=世界標準語」により生ずる6つの代表的な問題について詳しく論ずる。

 第U部は第7章から第10章までで、英語支配による6つの問題に対する対応策を論ずる。第7〜9章では、英語支配により「言語的主体性の喪失」を招いている日本人の「言語的主体性の回復」のために、特に日本ではどのような対応策が可能なのかいくつかの提言を行う。第10章では、世界に向けて「英語支配」への具体的対応策として、「英語税」導入と「英語教育の無償化」を提案する。

 第V部では、「人間の平等」「平等なコミュニケーション」の基礎として「ことばの平等」の確立の必要性を主張し、その理論的枠組みとして「ことばのエコロジー・パラダイム」および「コミュニケーション権」を提唱する。また「ことばの平等」を政治的に実現する方法として「国際言語・コミュニケーション協定」の締結を提案する。

 そして、結びの章は「「英語信仰」から「脱英語主義」へ」と名づけ、英語に対する発想の転換を訴える。



 
著者プロフィール:著者プロフィール津田幸男(つだ ゆきお)

筑波大学大学院人文社会科学研究科教授。Ph.D.(南イリノイ大学、1985年、スピーチ・コミュニケーション)。専門は英語支配論、言語政策、英語教育。主な著書に゛Language Inequality and Distortion”(オランダ、John Benjamins、1986)『英語支配の構造』(第三書館、1990)、『英語支配への異論』(編著、第三書館、1993)、『英語下手のすすめ』(KKベストセラーズ、2000)、『英語支配とは何か−私の国際言語政策論』(明石書店、2003)、『言語・情報・文化の英語支配』(明石書店、 2005)ほか。

 

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