本書『愛と戦いのイギリス文化史――1900−1950年』は、「文化」という些か曖昧な、しかし人間の生の営みを総体的に考察する手立てとして依然有効性を失わない視座から、20世紀前半イギリス史・社会の諸相を紹介する。教科書という体裁をとることによって、入門レベルの大学生の興味を引くことを目論見ながらも、同時に、研究論文レベルの内容を出来る限り分かりやすい言葉で噛み砕いて紹介することにより、一石二鳥的に、執筆者陣の研究成果を発信して、イギリス文化関連の講座を担当する諸領域の大学教員が所属する関連学界に刺激を与えることも目指している。
全体の構成は、第I部「階級・くらし・教育」、第II部「セクシュアリティ・女・男」、第III部「イギリス・帝国・ヨーロッパ」、第IV部「メディア」の4部から成り、それぞれの統一テーマの下に、多彩な執筆者が多彩な主題を論じて、文化史という領域の面白さ・幅広さを伝える。例えば、第I部「階級・くらし・教育」では、階級、社会主義、学校、芸術教育が扱われ、第II部「セクシュアリティ・女・男」では、同性愛と階級、フェミニズムとベストセラー小説、精神分析と文学を通して見た第一次大戦後の心象風景、第二次大戦下の性と幽霊物語が論じられる、というように。
しかし、と同時に、それらの前後に、序章「1900年」と終章「1950年」を配置することにより、ポスト・レッセフェールの時代となった20世紀における、労働党結成から労働党単独過半数政権の成立まで、ボーア戦争から2度の世界大戦を経て核兵器付き冷戦まで、 など大きな基本的流れを把握できるように工夫した。
授業で、研究で、文学テキストを巧みに用いながらも、それに過度に依存することのない、総合的なアプローチを目指すイギリス研究関係者にお勧めしたい、新しいタイプの研究書的性格をも兼ね備えた教科書である。尚、今後、19世紀以前と20世紀後半以降を扱った巻をそれぞれ上梓して、全3巻の『愛と戦いのイギリス文化史』を完成させる予定でいる。
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