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巻頭随筆

AIと子どもの心の発達    子安増生

 

 AI(Artificial Intelligence)という略号が「人工知能」の意味で学術世界において市民権を得たのは、1956年にアメリカのダートマス大学で開催された最初の人工知能会議からであるとされます。この会議の中心メンバーの一人で1978年のノーベル経済学賞受賞者でもあるハーバート・サイモン(1916-2001年)という心理学者は、当時はまだ希少なコンピュータを用いて、手段―目標分析という手法で様々な問題を解くことができる一般的問題解決プログラム(General Problem Solver; GPS)の開発を試みました。このプログラムは、初期状態と目標状態のずれを埋めていく最短の手段を次々と考えることで多様な問題を解決しようとするものです。この研究の結果、二つの重要なことが分かりました。

一つは、様々な問題を解決する汎用的プログラムを開発するのは実際にはかなり困難であり、むしろある領域に特化し、その領域の問題解決の前提となる知識ベースを備えたエキスパートシステムを開発するほうが実現性が高いということです。たとえば、腫瘍の画像診断のためのAIを開発するには、放射線診断専門医の知識ベースを持たせなければならないわけです。このエキスパートシステムの分野で有名なのは、1997年にIBMが開発したチェス専用のスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」が世界チャンピオンのカスパロフを破って以来、最近は将棋と囲碁でもAIがプロ棋士を次々と撃破し、その高い対応能力を証明していることでしょう。

 もう一つは、AIが得意な分野は、初期状態が限定的で、目標状態が明確に定まっており、手段?目標分析が可能な良設定問題であり、反対に初期状態が多様であったり、目標状態が明確に定まっていなかったりするような不良設定問題は不得手であるということです。日常生活の問題とは、たとえば生まれた子どもにどんな名前を付ければよいのか、どんな子どもに育てたらよいのか、子どもが学校でいじめにあっていると聞いたときにどうすればよいのか、など不良設定問題ばかりであり、現状ではAIは助けにならないことが多いといえるでしょう。

 AIという言葉が一般によく知られるようになった一つの契機は、スティーヴン・スピルバーグの『A. I.』(2001年アメリカ)という映画かもしれません。未来社会において、子どもがほしい夫婦のために「子どもロボット」が開発され、不治の病で治療法が開発されるまで冷凍睡眠している息子の代わりに購入されたデイヴィッドという子どもロボットは、親の愛を求め親の愛に応えるようにプログラムされているのですが、不治の病から回復した息子が戻ってきたとき、両親によって不法投棄されてしまいます。しかし、デイヴィッドは、プログラムの指示のまま親の愛を求めて未来永劫さまよい続けるのです。私がこの物語を興味深く思ったのは、ロボット(AI)が「妄想」を持つ可能性を示した点にあります。かつては愛し愛される関係が成立していたとしても、状況が変われば、それは関係妄想になってしまうかもしれません。

 さて、AIにとって子どもの心の発達を理解することは、はたして良設定問題なのでしょうか、それとも不良設定問題なのでしょうか。言い換えると、子どもの心の発達は、明確な初期状態と目標状態を持ったものなのでしょうか。発達心理学者は、一見気まぐれで行方も定まらないように見える子どもの行動を理解しようとしてきました。AIが子どもの心の発達を不良設定問題から良設定問題に変えることができるかどうかは、今後のAI技術開発の焦点の一つになるのではないかと私は考えています。



 
執筆者紹介
子安増生(こやす・ますお)

甲南大学特任教授、京都大学名誉教授。博士(教育学)。専門は発達心理学。京都大学教育学部卒業。愛知教育大学助教授、京都大学大学院教授などを経て現職。著書に『心の理論』(岩波書店、2000年)、『教育認知心理学の展望』(共編著、ナカニシヤ出版、2016年)、『「心の理論」から学ぶ発達の基礎』(編著、ミネルヴァ書房、2016年)など。

 
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