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<私たち>の場所  立ち読み

『<私たち>の場所
―消費社会から市民社会をとりもどす』

  
ベンジャミン・R・バーバー 著 山口 晃 訳
 

「訳者あとがき」より

 

 
 

本書はBenjamin R. Barber, A Place for Us: How to Make Society Civil and Democracy Strong, Hill and Wang,1998の全訳である。

解説なしに、なによりも本書をまずじかに読んでいただくのが一番よいように思う。現在の困難な情況にいる私たちが社会的な認識を深めていく一助に本書はなるであろう。と同時に忍耐と希望の営みのありかも示している。


しなやかな思考と深い人間的な洞察の本書を生み出したベンジャミン・R・バーバーの略歴を記しておこう。

1939年に生まれる。1960年、グリネル大学から文学士号を受ける。それ以前に、スイスのアルバート・シュバイツァー大学およびロンドン大学で学ぶ。ロンドン大学ではマイケル・オークショットのもとで研究した。1967年、ハーバード大学で博士号を受ける。彼の博士論文はルイス・ハーツのもとで、西欧の自由主義的な代議制民主主義の不十分な点に対して、参加に重点の置かれているスイス連邦の州の美徳を論じたものであった。1970年からラトガーズ大学で教える。そこではホイットマン・センター(Walt Whitman Center for the Culture and Politics of Democracy)を創設し、所長を務める。2001年、NGO「デモクラシー・コーポレーティヴ」の代表となる。現在はメリーランド大学教授である。

アカデミズム外の仕事としては、1981年、小説『マリッジ・ヴォイス』を刊行し、その年のすぐれた小説のリストにあげられる。またパトリック・ワトソンとともにテレビ用シリーズ『民主主義の闘い』を書き、編集にたずさわる。そのほか、音楽、演劇関係の仕事がある。

また1994年から99年にかけて、クリントン大統領のインフォーマルな相談相手でもあった。


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バーバーはみずみずしい感受性で、現実の世界を、とりわけその困難な情況を描写する。それは本書における政府の領域と市場の領域の分析の場合に、また彼の別の著書におけるグローバル化へ向かう消費の傾向(「マックワールド」)と倫理的な部族主義(「ジハード」)の分析の場合に顕著であろう。しかしこのような対極をなす領域の存在をあざやかに示すことが彼の主たる関心ではない。彼の課題は、そうした領域とは異なる忍耐と希望をともなう市民社会の回復と、民主主義の志にある。

彼の場合、その志を支えているのが「場所」であるように思える。博士論文がスイス連邦の州にみられる参加の美徳であったことと重ねて、次の彼の文章は印象深い。合衆国において地域の共同性は、独立戦争以前からの現実的な伝統であったことに言及した文脈である。

  

その立憲的伝統は、植民地における市民的経験の一世紀にもとづいていた。トクヴィルがアメリカ建国の五十年後に新しい合衆国を訪れたとき、彼が気づき、また称賛したのがまさにこの美徳であった。アメリカでは、自由は地域的なものである! と彼は言明した。    (Strong Democracy 2003年版・序文より)

政治学は、人間に「生きていく力」を与える、あるいは人間を根本的に勇気づける、不思議な学問であると、本書を訳しながらつくづく思った。最終章「市民社会における時間・仕事・余暇」は人間によってなされる理論的な営みに含まれる切実さが、琴線にふれる。

九・一一の惨事のとき、この事件を考えるために、その数年前に刊行されていたバーバー著『ジハード対マックワールド』は、立ちどまって考えるに値する書物であった。そして現在、私たちの社会は、働いても、かならずしも充実した一日一日をすごすことを許してくれない仕組みになっているように思える。本書『<私たち>の場所―消費社会から市民社会をとりもどす』は、書かれたのは9年前であるにもかかわらず、今まさに日本でも問題とされている、働くこと、働けないこと、働かないことを、「私たちの場所」で民主主義の視点から市民社会の回復としてとらえ直すための、根本的で鋭い洞察を含んでいる。まさに驚くべき指摘と言わざるをえない。

ところで、150年ほど前、まったく同じように、働くこと、働かないことを「私たちの場所」で、政府に対して一定の距離をおきながら、しかし政治から決して目をそらさずに考えぬいた男がいた。ヘンリー・ソロー。ソローからバーバーへの水脈を「居場所の政治学」と呼んではいけないであろうか。訳業の中でしばしば訳者はこの水脈のかたわらに佇んでいる自分に気づいた。(後略)

                                 
 
著者・訳者プロフィール:著者プロフィール【著者】ベンジャミン・R・バーバー(Benjamin R. Barber)

 1939年生まれ。ハーバード大学博士課程修了。ラトガーズ大学を経て、メリーランド大学教授。著書:『ジハード対マックワールド――市民社会の夢は終わったのか』(三田出版会)、『予防戦争という論理―アメリカはなぜテロとの戦いで苦戦するのか』(阪急コミュニケーションズ)など。

【訳者】山口晃(やまぐち あきら)

 1945年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程満期退学。駒沢大学講師。 訳書:ウォルツァー『正義の領分―多元性と平等の擁護』(而立書房)、フェーゲリン『政治の新科学』(而立書房)、ハロウェル『モラルとしての民主主義』(慶應義塾大学出版会)ほか。

 

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