戦後長い間、日本とドイツはさまざまな側面から比較されてきた。敗戦国にして「驚異的な経済復興を果たした国」という視点から両者が論評された時期もある。また〈戦争犯罪〉による〈過去の克服〉のあり方も、歴史家や政治家から繰り返し取り上げられ、現在でもそれは継続している。
本書は戦後60年以上が経過した現在、これまでのドイツの歴史認識のあり方や、新たな方向性が生まれている状況を指し示したものとして、インパクトある内容を含んでいる。エコロジーの模範国、EUの先導国としてのドイツの現状を見ていくうえでも、この歴史の一幕を知っておくことは重要だ。ドイツは日本とは異なる〈戦争犯罪〉と対峙しつづけ、2000年以降はさまざまな分野で〈新生〉ドイツの胎動を予感させている。本書がその流れの中でひとつのきっかけになったというのが訳者が考えてきたことだ。とりわけ、はじめの章〈「正義のドイツ人」であることのむずかしさ〉と訳者あとがきの〈本書の歴史的意義〉には、ドイツの過去と現在と未来への指標が示されている。
本書のもうひとつの魅力はストーリー展開の妙味にある。実際にあった物語、ときには沈黙せざるをえない悲劇が折り込まれた物語を追体験する読書の大切さをあらためて味わうことができる。主人公のラテと、インタヴュアーとしての著者シュナイダーの言葉が織り成すストーリーは、言葉にならない現実の過酷さを描きながら時にはユーモアも含み、映画のワンシーンが連続するような感動を与えるドキュメンタリー物語になっている。
訳者はこの本をはじめて手にしたとき、息つぐ間もなく一気に読んだ。戦後ドイツの〈過去の克服〉のテーマとあわせ、主人公の「自分は音楽家が天職だと思い、その才能を利用し育成しようと決めていた」「時間をただ無為に過ごしたくなかった」「自己を完成させたいという意志が、いつ捕まるかもしれない不安感を上まわり、日々ベルリン中を動き回る原動力になっていた」という言葉に衝撃を受けた。ナチス政権下のベルリンの状況を思い浮かべれば浮かべるほど、このモティベーションの測り知れない強さが感じられた。微力ながら訳者は原文の躍動感と緊張感をぜひ読者に伝えたいと思っている。
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