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巻頭随筆

なぜ、親と子の関係発達なのか――親の自立、子の自立を考えるために   鯨岡 峻

 

 「青年期の特徴は親からの自立にある」と昔から語られてきました。それまでの親への依存を脱して、親からの自立を目指すことが一人前の人間になるためには必要なのだという考えです。しかしこの常識的な考え方には、依存が減った分だけ自立に繋がると考えている点と、青年の自立の問題を親のありようと切り離して別個に考えようとしている点の二点において、大きな問題があります。

 私は従来の「子どもから大人へ」という単線的な個体の発達の考え方を排して、「子どもは育てられて育ち、親は子どもを育てることを通して、自らも親として育てられる」という考え方を基本に、親と子それぞれの生涯発達過程が「育てる―育てられる」という関係性において結びついて複線的に発達すると考え、これを「関係発達」と呼んで、従来の個体の能力面の成長に定位した発達論を批判してきました。

 この関係発達という考えに立脚すれば、今回の「親と子ども――それぞれの自立」という特集のテーマも、いろいろな角度から議論しなければならないことが見えてくるはずです。

 自立とは自分一人が自分勝手に生きようとすることではありません。「私は私」と自分の思いを前面に押し出して生きようとする一方で、「私は私たちの一人」であることにも気づき、周りに配慮や気遣いをして、周りと巧く対人関係を営めるようになることが「自立」と言われていることの中身でなければなりません。つまり、「私は私」と「私は私たち」の二面のバランスを図って生きるようになることが一個の主体としての成長なのであり、子どもであれ、親であれ、その意味での自立こそが人生の一貫した課題だということです。自立についてのこの見方は、親から離れれば自立だと誤解している青年たちに対しても、また子離れすることが親の自立だと考えている多くの親たちにとっても、まずもって考えてもらわなければならないことです。

 親の側には独り立ちという意味での子どもの自立を願う気持ちが当然あります。それは自分がかつて子どもだった時に親からの自立を目指した思いとどこかで響き合います。他方で、親の中にはわが子にいつまでも手元にいてほしいという願いもあります。これは子どもに依存する気持ちの表れでもありますが、これはかつて自分が子どもだった時に、自分の親から向けられた思いを呼び覚ますものでもあるでしょう。つまり、子どもの独り立ちを目指す動きを前に、親はそれを推し進めようとする思いと、それを引き留めようとする思いに引き裂かれやすいということです。それが独り立ちを目指す子どもの動向と響き合ってさまざまな反響を親に引き起こします。それが「親の自立」と言われていることと深く結びついていることは言うまでもありません。子どもの側にも同じことが言えます。子どもも親からの独り立ちを目指しながら、親への依存を断ち切りたくない願いを持ち続けます。これが親からの独り立ちを巡って青年が抱え込む葛藤の中身です。

 こうして見てくると、今回の特集のテーマは、青年が独り立ちを目指す中で親子双方に立ち現れる自立と依存の葛藤という問題と、一人の人間の生涯発達過程において、周囲との関係の中で主体として自立して生活することを目指すという問題の二面を視野に入れて議論する必要があるということでしょう。

 

 



 
執筆者紹介
鯨岡 峻(くじらおか・たかし) 

京都大学名誉教授。専門は発達心理学、発達臨床心理学。京都大学大学院文学研究科修士課程修了。博士(文学)。島根大学教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授、中京大学心理学部教授を歴任。著書に『子どもは育てられて育つ』(慶應義塾大学出版会、二〇一一年)、『関係の中で人は生きる』(ミネルヴァ書房、二〇一六年)、『子どもの心を育てる新保育論のために』(ミネルヴァ書房、二〇一八年)など多数。

 
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