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巻頭随筆

発達障害とともに、よりよく生きる    徳永 豊

 

 卒業・進学は、人生のひとつの節目となります。これまで過ごしてきた環境を離れ、新たな学校や職場での生活が始まります。学校や仕事を選択する際には、自分は何に興味があり、どのような強さや弱さがあるか、どのような仕事に向いているのかなど、自己理解が欠かせません。このような自己理解は、青年期後半の発達課題であり、アイデンティティの確立と呼ばれることがあります。

 この自己理解は、幼少期における両親を含めた「他者からの期待や評価」、そして果たしてきた役割を含んだ「自分の振り返りの様相」の影響を受けます。進学、就職、恋愛などに直面すると、“自分とは何か”と多くの青年が思い悩みます。

 そして、発達障害がある場合には、なおさら、この悩みは大きくなります。医学的診断がある場合には、その診断の理解と受けとめが加わります。診断がない場合でも、幼少期の思うようにならなかった体験、「これぐらい、できないのか」といった周囲からの対応、得意な領域における自己評価などに加え、進学・就職の際に体験している難しさをどう統合していくかが課題になります。さらに、他者との比較によって自己理解を形成する傾向が強い日本の文化が、この難しさに拍車をかけます。子どものもつ強さではなく、バランスの良さのほうに焦点が向かいすぎると、発達障害がある場合には、生きにくい社会になります。

 このような自己理解を考える視点として、数年前に出会ったフレーズがあります。

 「我々は『ろう』だけど、いいかい?(Are we ok being deaf ?)」というものです。

 やや寂しい響きはあるものの、未来に向かっての決意を問うものです。聴覚障害の子どもに、自己理解を促す英国のガイドブックの最後に載っています。「ろう」であることの理解を前提に、情動的な健康さ(emotional well-being)や、伸びやかな心(healty minds)を育てるためのものです。いくつかの活動を積み重ねた後で、「ろうの先生・先輩」が「ろうの子ども」に問いかけるものです。この問いに「はい」と答えることが、その子らしい未来へのステップのスタートになることと推測します。

 さて、卒業・進学に伴う新たな環境に、どのように円滑に移行できるのか。特に発達障害の場合は、その準備と新たな環境における見通しをどのように持つかが大切になります。その基盤になるものは、自らの特性や自分の強さや弱さの理解、つまり自己理解とその受けとめです。可能であれば、幼児期、あるいは遅くとも小学生の段階から、自閉スペクトラム症等の特性や症状を理解し、受けとめるためのステップ・モデルと、体験的に活動を積み重ねるワークショップの開発が期待されます。

 自閉スペクトラム症等である若者がメンタルヘルスの問題を自ら予防する意味でも、周囲の人に、そして自分にとって、「私はこう」という自分を認めることが大切になります。また、そこからしか、自分の将来は組み立てられません。若者がこの難しさにどう取り組むか、そして自分らしい生き方をどう模索するかが、青年期の大きな課題となります。



 
執筆者紹介
徳永 豊(とくなが・ゆたか)

福岡大学人文学部教育・臨床心理学科教授。臨床心理士。専門は特別支援教育、発達臨床、国際比較。九州大学大学院教育学研究科博士課程退学。(独)国立特別支援教育総合研究所総括研究員などを経て現職。著書に『発達障害のある学生支援ガイドブック』(共編著、国立特殊教育総合研究所、2005年)、『肢体不自由教育の基本とその展開』(共編著、慶應義塾大学出版会、2007年)、『重度・重複障害児の対人相互交渉における共同注意』(単著、同、2009年)、『障害の重い子どもの目標設定ガイド』(編著、同、2014年)など。

 
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