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巻頭随筆

適切な育児と教育のために    桃井真里子

 

 いかなる疾患も早期診断が重要であり、早期診断による早期対応は、疾患そのものの重症度も低くする。同時に、疾患が放置されていたことによる二次障害、あるいは、合併症を阻止できる。発達障害も例外ではない。むしろ、発達障害こそ、早期診断は極めて重要で、いかなる医療も療育も、早期発見なくしては迅速な効果を発揮できない。発達障害の中で近年その頻度が増加しているといわれる広汎性発達障害は、知的障害を合併する場合には乳幼児期早期に乳幼児健診などで見出され、比較的早期に専門医による診断がなされることが多い。しかし知的に問題がない場合には、多様な行動の問題がかならずしも適切な診断に結びつかず、親を含む周囲からの不適切な対応により、様々な情緒・行動上の問題が生じ、治療にも難渋することが多い。

 学童で受診する子どもたちの多くが、学校や家庭での行動上の問題で、親や先生が困り果てた末の受診であったりする。学校での問題言動に対して、「家庭でのしつけをきちんとしてください」という先生からの度重なる注意によって、子どもに対してつい叱責が強くなってしまう親、それに呼応するようにして行動が激化する子ども、なんとか行動の修正を図ろうとして家中で叱責や制止が多くなり、パニック、暴力の程度を増していく子ども、あるいは、理解しようとする母親に対して、甘やかすからこうなると非難する父親など、誰もが悪くなく、誰もが子どものために、と思いつつ、発達障害の持つ行動特性に気がつかずに、通常のやり方で修正しようとしてしまうための悪循環。これは、学童期に初めて受診する子どもを取り巻く状況として典型的でもある。そしてこの状況は、発達障害の子どもを人間と社会への不信の中においやってしまう。この予防のためには、早期に、発達あるいは行動上の問題が、子どものわがままによるものではなく、脳の機能不全のためであることを知ること、が不可欠である。

 ある高校生は、朝、起きられない、ということを主訴として受診した。ある学童は、友達のジャケットでも筆箱でも持って帰ってきてしまう、ということを主訴に受診した。ある小学生は、休み時間にずっと校庭にいてチャイムが鳴っても教室に戻らないんです、ということで親が受診を促された。あるいは、指示された教科書が開けない、という訴えもある。訴えは極めて多様であるが、発達歴をじっくりと伺うと、こだわりがあって育てにくかったり、異常に頑固だと感じていたり、関心が狭い領域に限られていたり、言語能力が低かったりと、親は何らかの、あるいは多くの育てにくさを感じつつ、育児に大変な苦労をされてきたことがうかがわれる。適切な診断過程によって、親も子どもの特徴を理解し、子どもの脳の中で生じている認知のしかたの特徴を次第に理解するようになる。これは、薬物による治療と同じく、あるいはそれ以上に、問題の解決に重要である。多動性障害もこれに近い状況がある。

 診断は、周囲の正しい理解を促進し、適切な対応を生み、問題の解決につなげる。中学生以降になると、本人が自分の問題と存在の価値に対して正しい理解をする促進にもなる。発達障害の早期診断は、年齢ごとに異なる多様な問題の現れ方をすることを、子どもに接する立場の人間がより多く知ることに尽きる。そして適切に小児科、小児神経科、小児精神科などの発達障害の専門医療と連携することで、子ども、親、教育現場、医療が問題解決に進むことができる。発達障害を持ち生きづらさを抱える子どもたちが、早くから適切な育児や教育を受ける権利を十分に受益するためにも、本特集が役立つことが期待される。

 

 
執筆者紹介
桃井真里子(ももい・まりこ)

自治医科大学医学部長、小児科学主任教授。医学博士。専門は小児神経学。研究テーマは発達障害児の診断と治療体系の確立。東京大学医学部卒業。著書に、『小児虐待医学的対応マニュアル』(編著、真興交易医書出版部、2006年)、『ベッドサイドの小児神経・発達の診かた(改訂3版)』(共著、南山堂、2009年)、『子どもの成長と発達の障害』(編著、永井書店、2009年)など。

 
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