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巻頭随筆

「柔らかなかかわり」を願って  黒木俊秀

 

 近年、発達障害という言葉は、教育や医療の専門家だけでなく、一般の人たちにも広く知られるようになりました。同時に、発達障害をもつ子どもや大人に対する支援の体制も急速に整いつつあります。2005年4月より施行された発達障害者支援法は、発達障害の早期発見と支援を国と地方公共団体の責務と明記し、全国に発達障害者支援センターが設置されました。特別支援教育の対象に発達障害児童・生徒も含まれるようになりました。 文部科学省は、全国の小中学校児童・生徒の6.3%(約68万人)が発達障害()に該当すると推計しています。従来、特別支援教育の主な対象であった視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱等の障害をもつ児童・生徒の割合は2.2%であったことを考えると、この数値は極めて大きいものです。こうした動きが発達障害児・発達障害者にかかわる人たちに活力を与え、より適切な支援の輪が広がることを願ってやみません。とはいえ、発達障害に対する取り組みが本格化してまだ日が浅いのです。障害の理解や治療・支援そのものがなお発達段階にあるといって差し支えありません。

 「教育と医学の会」は、毎年開催している公開シンポジウムにおいて、2007年に「いかに『発達障害児・者』を支援するか」(『教育と医学』56巻7号・8号に連載)を、2009年に「発達障害者のライフステージにおける支援」(『教育と医学』57巻11号に特集掲載)を、それぞれテーマにとりあげました。その際、聴衆の方から発達障害に関する様々なご質問をいただきました。また、編集部にも読者の方々からご質問をいただくようになっています。改めて発達障害に対する関心の高まりを感じます。

 そこで、本号より3回に分けて「『発達障害』の疑問に答える」と題するQ&Aを連載することにしました。先のシンポジウムや編集部に寄せられた質問を満留昭久(教育と医学の会会長)が整理し、「理論・概念篇」、「診断・治療篇」、「教育・支援篇」の3つのパートに分け、各質問に対する回答を我が国で発達障害の研究や臨床、支援活動にたずさわっておられる第一人者にご執筆いただきます。

 敏感な読者は、各執筆者の立場(小児科医、精神科医、臨床心理士、教育学者など様々です)によって、発達障害に対する見方やアプローチが微妙に違うことに気づくことでしょう。これは、先にも述べたように、発達障害の理解や治療・支援自体がまだまだ発達の途中にあるからです。回答の内容のいくつかは5年後、10年後には訂正が必要になっているかもしれません。しかし、発達障害に対して様々な考え方があることを知っておくことは、一人ひとりの発達障害児・発達障害者にかかわる際にはむしろプラスになるのではないかと思います。人それぞれに個性があるように、障害者が抱える障害の程度や問題のあり方は千差万別です。そのことに気づき、受け入れることが、本当の支援につながるのではないでしょうか。本企画が、そのような読者の理解を助け、柔らかなかかわりへと結びつくように願っています。

 

 

 

 ここでいう発達障害とは、発達障害者支援法が定義する「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害」を指しています。

 


  

<関連バックナンバー>

  ■「教育と医学」57巻11号
          特集1・発達障害児への適切な対応をめぐって

  ■「教育と医学」56巻7号
          発達障害児・者への支援1▼
                心理臨床の視点からみた支援について………遠矢浩一
          発達障害児・者への支援2▼
                発達障害者支援センターの取り組みから………緒方よしみ

  ■「教育と医学」56巻8号
          発達障害児・者への支援3▼
                福岡県教育センターから見える特別支援教育の現状………遠江規男
          発達障害児・者への支援4▼
                自閉症スペクトラムの児童へ生涯にわたる支援を………黒木俊秀・瀬口康昌

 

 
執筆者紹介
黒木俊秀(くろき・としひで)

国立病院機構肥前精神医療センター臨床研究部長。精神科医師。九州大学医学部卒業。佐賀医科大学講師、九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野准教授などを経て現職。著書に『語り・物語・精神療法』(共編著、日本評論社、2004年)、『現代うつ病の臨床』(共編著、創元社、2009年)、訳書に『DSM‐V研究行動計画』(共訳、みすず書房、2008年)など。

 
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