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巻頭随筆
「迷惑行動」の予防策  安藤 延男           
 
 

 「迷惑行動」とは、モラルやマナーの面で社会規範から逸脱し、周囲の人に不快感や苦痛をもたらすような行動のことである。そうした迷惑行動をなくすには、まず親や大人、先輩などが、子どもや若者にしっかりと行儀作法の基本を教える必要がある。迷惑行動の「予防策」として、このような「しつけ」は有効である。
 しかしこうした「しつけ」は、必ずしも幼少年期に限られるものではない。初めて海外旅行に出かけるような場合、事前に先方の歴史や価値観、宗教儀礼、エチケットなどを理解し、いやしくも相手方と無用のトラブルを引き起こさないようにしたいものである。文化財への心ない落書きなど、恥ずかしい以上に残念千万なことである。
 何が迷惑行動かを教えるには、新生児期から乳幼児期が一つの「適期」である。親(または養育者)と子どもとの親密な交流のなかで、子どもに食事や睡眠、排泄などの良習慣を形成し、身体的健康の維持や安全行動、善悪、我慢、言葉づかい、対人マナーなど、個々の子どもを具体的な状況のなかで、辛抱強く、事実に即して「コーチング」をしなければならない。つまり、社会の側から課せられる「自由規制」と「行動修正」の圧力は、社会規範の内面化を促し、ひいては人格の発達に資するに違いない。こうした一連のプロセスにおいて、親や大人の側の「家族力」や「地域力」がまさっておれば、子どもを上手く社会化させることができるのである。
 ところで、「最近の親は、子どものしつけがなっていない」という声が、10年ほど前にあがったことがあるが、今も好転はしていないだろう。第一、地域コミュニティの崩壊も都市化も、さらに進行しているはずだから。すると、子育ての孤立化はさらに深刻の度を増し加えているに違いない。そんな状況下では「迷惑行動」についてのしつけはおろか、何が「迷惑行動」かについての社会的合意も霧消しているかもしれない。
 アメリカの文化人類学者、故マーガレット・ミード女史は、「社会化の過程」から見た場合、「3つの文化の型」があるという。第一は、伝統社会で永く機能してきた「ポスト・フィギュラティブ型」(子どもや若者は大人世代をモデルとする)、第二は、「コ・フィギュラティブ型」(子どもや若者は自世代をモデルとする)、第三は「プレ・フィギュラティブ型」(大人世代が若者世代をモデルとする)である。そして今日は、第二型と第三型の端境期にあると述べている。
 ちなみに、「プレ・フィギュラティブ型」とは、大人の側が子どもや若者たちを、自らの思考・判断や行動のモデル(手本)として採用している社会をいう。なお「フィギュラティブ」とは、「造型」を意味する「フィギュレーション」の形容詞形である。東京大学出版会から出た日本語版では、第一から第三までを「過去志向型」「現在志向型」「未来志向型」と訳しているが(『地球時代の文化論』太田和子訳、東京大学出版会、1981年)、ここではあえてカタカナ書きにしてみた。
 それはそうと、電車内でのお化粧や、バス停などでの喫煙、携帯電話をしながらのクルマ運転などの「迷惑行動」をなくすには、われわれは一体どうしたらよいのか。
 本号の特集論文の成果などを踏まえ、有効な解決の糸口を探りたいものである。

 
執筆者紹介
安藤 延男(あんどう・のぶお)

西南女学院大学学長。九州大学名誉教授。専門は教育心理学。九州大学大学院教育学研究科博士課程修了。教育学博士。九州大学教授、福岡県立大学学長、学校法人福原学園理事長などを経て現職に至る。著書に『コミュニティ心理学への道』(編著、新曜社、1979年)、『これからのメンタルへルス』(編著、ナカニシヤ出版、1998年)、『人間教育の現場から』(梓書院、2005年)など。

 
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