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立ち読み  
編集後記  第62巻6号 2014年6月
 

▼先日、鹿児島に帰郷した大学院生からお土産に粽(ちまき)を頂きました。

 角川文庫の『今はじめる人のための俳句歳時記』を見てみると、“現在では五月の節句に食べる縁起物。糯米を水で練って、熊笹や竹の皮で包んで蒸して作る”と説明があり、

  くるくると 粽を解くは 結ふに似て   加藤三七子

  粽解く 楽しさ指の 先までも      田村恵子

といった句が紹介されています。

▼お土産の粽は、皆さんが想像されるような小さく笹で包まれたものではなく、学生のお母様の手作りの大きなもので、タッパーにどんと横たわっていました。初めて見た学生たちが物珍しそうな表情で見守るなか、紐を解いてみると、べっ甲色の大きな餅が現れました。私は、子どものころに近所に鹿児島出身の方がいてお土産に頂いていたので見慣れていましたが、初めて見た学生は「おいしいんですか?」と不安げです。「これは灰汁巻って言うんだよ」なんて、受け売りの知識を学生たちに披露しながら、きな粉をたっぷりとふりかけ、切り分けて食べました。こわごわ口にした学生も「おいしい!」と悦びます。ねっとりとした感触を楽しんでいると、素朴ながらも優しい甘さが口のなかに広がります。

▼そこで、「粽食べ食べ兄さんが……って言ったけどね」と童謡「背くらべ」を口ずさんでみたら、学生たちはキョトンとしています。背くらべの歌など聞いたことがない、と言うのです。子どもの日に歌ったでしょ、と言ってみても分からないようでした。確かにマンション住まいのなか、柱に傷でもつけたらご両親も大慌てでしょう。私は、祖父が孫たちの身長を測って壁に印をつけるのを楽しみにしていたことを思い出しました。

▼心理劇という集団心理療法があります。即興劇を用いる芸術療法の一種です。高齢の方々と回想法のように昔の思い出などを振り返りながら心理劇を行っています。5月頃は子どもの日にまつわる思い出を取り上げ、それぞれ子どもになったり、お父さんやお母さんになってお芝居をするのです。子どもが小さい頃に鯉のぼりを飾ってあげた思い出を語る女性がいました。劇では、庭に柱を立てて、子どもたちにも協力してもらって鯉のぼりをかかげ、初夏の風に揺れる鯉を見上げる演技を行いました。実習として参加した学生たちは、スーパーでも売っている小さな鯉のぼりを買ってもらったことはあるけれど、こうやって近所の人にも手伝ってもらって、わざわざ庭に柱を立てて鯉のぼりをあげてもらったことはない、と言っていました。
 昔が良かったと懐古趣味があるわけではないのですが、昔はなかなか贅沢なことをしていたんだね、と心理臨床家をめざす学生たちと劇を振り返りました。

▼さて、今月の特集は、「就学前における発達障害児の理解」と「『こども園』はどうなるのか」です。就学前の子どもたちの発達や彼らが過ごす環境について考えました。生活の様相は変化していきますが、子どもの健やかな育ちを願い、それを支える社会であってほしいと思います。

 

(古賀 聡)
 
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