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編集後記  第61巻10号 2013年10月
 

▼平成12年11月に児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)が施行されて、既に10年以上が過ぎた。この間、はたして我が国の児童虐待は抑止されてきているのだろうか。今年8月下旬に厚生労働省が発表した平成24年度の全国の児童相談所に寄せられた児童虐待の相談件数は66,807件(速報値)であり、調査が開始された平成2年度以降、過去最多を更新し、初めて6万件を突破した。

▼調査が開始された当初の相談件数は年間1千件台であったので、数値だけ見ると過去20数年の間に激増したことになるが、これはもちろん実際に虐待が増えていることを表しているのではないだろう。むしろ、「住民の理解が進んで通報が増えたことや警察などとの連携が進んだ結果」(厚労省の見解)を示しているのであろう。例えば、虐待防止やDV対策に力を入れている首都圏の自治体では相談件数が増えている。しかし、このことは実際の虐待件数はもっと多いことを意味しているのかもしれない。いずれにせよ、震撼させる数値であることに違いはない。
 虐待を防ぐために、親権を最長2年間停止する制度が24年度より施行されているが、親権停止の審判申し立てがあったのは27件であり、うち15件で親権が停止された。子どもの小児科通院や児童相談所の関わりを拒否した母親のケースなどである。

▼さらに気になるのは、虐待により死亡した子どもの内訳である。24年度に虐待で亡くなった子どもは99名と報告されており、うち41名は心中ないし心中未遂によるものであった。心中以外で亡くなった子どもには、乳児も多く含まれている。33名は実母による虐待で亡くなっている。以上のように、児童虐待の背景として、子に虐待を加える母親もまた病んでいること、苦しんでいること、追いつめられていることが示唆される。したがって、児童虐待は被虐待児を保護すれば済むという問題ではない。母と子の関係性の障害なのである。そして、この母子関係の障害は、世代を超えて続いてゆくリスクが高い。

▼今月号の第1特集では、この虐待の世代間伝達を取り上げた。母子の関係性とは、生物学的、心理学的、および社会文化的な様々な要因によって育まれるものであるから、その障害を考える際にも同様の包括的な視点が必要となる。虐待防止の対策の立案についても同様である。しかしながら、我が国の児童相談所等、被虐待児保護の現場では、年間6万件を超える相談に対応するのが精いっぱいなのが、現状である。

▼児童虐待防止法が施行された11月は、「児童虐待防止推進月間」である。民間団体や地方自治体などの多くの関係者に参加を求め、児童虐待を防ぐための取り組みが推進されている。昨年の標語は、中学2年生の作品、「気づくのは あなたと地域の 心の目」であった。より包括的な対策を進めるために、多くの人々に心の目を開いてもらおう。問題の大きさと根深さに気づいてもらおう。

 

(黒木俊秀)
 
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